其の伍:病

 

俺の仕事はアニメを作る事…だけど、ちびっ子よりは大きいお友達向けの作品が多い。

魔法の国からやって来た美少女戦隊と同居するとか、現実の女と付き合えない男の夢を叶える都合の良い設定ばっか見てるせいか、ついに本物の妖精を見る羽目になった。

っても、その妖精、可愛い見た目で電波系なんだけどな…。

 

 

 

大手アニメ制作会社の下請け受注が主な業務の、俺の職場。

最近は外国製アニメの出来が国産に追いついて来ちまってるせいで、年々注文が減ってて赤字のクセに残業だけが減らない。

3年勤めれば立派に古株呼ばわりされるここで、気が付いたら俺は作画担当チーフになっていた。元は背景担当だったのに、当時の作画チーフがある日突然消えちまったせいで何故か俺にお鉢が回ってきた。

そいつが消えた理由?…大体想像付くけど、別に知りたくもねーな。

ココで働いてる奴らならみんな分かってることだからだ。

テナントビル3Fの、素っ気無いスチール製ドアの向こう。今日も締め切りに追われて、必死にパソコンに向かって美少女の色塗りをやってる奴らがいるハズだ。

最近はツールがどんどん便利になってて、昔は主流だったセル画は今じゃ古本屋の骨董コーナーに並んでるくらいしか見なくなった。まだどっかじゃ使ってるらしいが、俺らの所は作画から着彩、動きの確認まで全部パソコンの世話になってる。

そんな場所で、いつもの調子でサンデーにハタキ振り回されたら、クラッシュしたパソコンの前で首吊る同僚たちの姿が結構リアルに思い描けた。俺たち、結構デリケートなんだぜ?

ドアを開ける前に、俺はサンデーに念押しする事にした。

 

「いいか、このドアの向こうでハタキ振り回すなよ?ぶっ壊れたらリアルに死人が出るよーなモンばっかだからな」

「誰に物を言うておる。我がそう無闇に采弊を振るう訳があるまい」

「マジでそれ言いますか?――ホントに開けるからな?」

 

サンデーを連れて俺がフロアに入ると、早速声が掛かった。

お、コイツの事見える奴、やっぱ俺だけじゃないんだな?

 

「あれ、先輩もう来たんですか?」

「まーな…なぁ、ちょっと聞いていいか?」

「何でしょう」

「お前、妖精って見た事あるか?」

 

パソコンの画面から目を離して、後輩…とはいえ半年しか入社期間は違わないそいつは、じっと俺の顔を見返した。それからうっすらと笑う。何か、様子が変だ。

 

「俺も、一週間の睡眠時間のトータルが7時間だった時は見えましたよ、赤と緑の小人さん」

「それはちゃんと病院行けって…じゃなくて、緑だけど普通に人間大なんだよ」

 

それよりこいつには、俺の背後で物珍しそうに辺りを見回してるサンデーが見えてないのか?試しに俺の後ろに誰かいないか聞いてみた。そいつは首を傾げる。

 

「だって、先輩一人で入って来たじゃないスか。誰かと話してる声はしましたけど」

「その話し相手が俺の後ろに立ってんだけど」

「先輩…」

 

後輩の、優しい目が何だか怖い。俺は、今、何か大きな誤解を受けている気がする。

 

「打ち合わせ、また今度にして貰いましょう…?大丈夫ですよ、ちょっとお医者さんとお話して、お薬貰って帰って来るだけですから…」

「いや!大丈夫だって!体も心も健康体だよ、俺はっ!」

「これで先輩も病院デビューですね!チーフの中じゃ、先輩が最後なんですよ、知ってました?」

「デビューしねーし、知りたくねーし!」

 

この職場は、おかしなモンばっか扱ってるせいで、皆どっかしらおかしくなってる。サンデーが見えてる俺も、とうとう例外から外れようとしている。

因みに、前の作画チーフが今何処にいるか教えてやると、格子のはまったステキな病院だ。

ちなみに、念のためここにいる奴ら全員に聞いてみても、誰もサンデーが見えなかった。

それどころか、皆口々に優しい言葉と掛かり付けの病院を教えてくれた。

 

…マジかよ。