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現 代 妖 精
異
聞
其の拾:妖精
黄色くなったサンデーの服は、気が付いたら茶色くなっていた。
季節はもう冬だ。
小春日和、と言うのに相応しい晴れた日に、俺はサンデーと外を歩いていた。
夏には暑苦しそうでしかなかったサンデーの長袖は、この季節には逆に肌寒そうだ。日差しは温かくても、吹き抜ける風は冷たい北風だ。サンデーは平気そうに俺の横を歩いてるが、顔色が良くない。強い風が吹くと、足元がふらついてこっちに倒れ掛かってくる。
「なぁ、やっぱ外出ない方が良かったんじゃねーの?」
「…何を申すか。日輪の恵みが乏しいこの季節、僅かでも恩恵に浴さねばならぬ…!」
「何なんだよその義務感は――ま、言ってた公園ってのもすぐ近くだし、もうちょいの辛抱だぜ」
日を追うごとに修羅場と化す職場は、朝帰りはおろか、翌日の昼に帰ってその日に午後出勤とか、労働基準法全無視な環境に陥っている。泊り込む奴もいるが、俺はサンデーが家電相手に戦争を仕掛けてないか気掛かりなので帰る事にしている(「帰る」と言う度に、職場の連中から刺されんじゃねえかってくらい睨まれるけど)。この前は、寒くなったから出したヒーター相手に大健闘してくれたおかげで、俺は家の中でもコートにマフラーが手放せなくなった。
で、公園ってのはたまたま通った道にあった公園が良い感じだったのを思い出したのが発端だった。悪ガキ共もいなさそうで、日光を遮る高いビルも辺りにない。あぁ、ここならサンデーの日向ぼっこには丁度良いな…とか考えてる時点で、俺は過労を会社に申請するべきだったと思う。
また風が強く吹いて、サンデーがよろけた。
俺は、寒そうにしているサンデーに、巻いていたマフラーを掛けてやる。
「寒そうだぜ?上着ねーならソレ貸してやるよ」
「…ふん」
サンデーは首にマフラーを巻き直して、顔を埋めた。何か呟いたようにくぐもった声を出したけど、俺には聞こえなかった。
公園のあるハズの通りに出た。
日頃の疲れのせいでぼんやりしながら、確かこの道――と記憶を頼りに歩いても、通ったはずの道どころか、公園っぽい空間も見当たらない。ってか、何で俺たちこんな日当たり悪いビルの間歩いてんの…?サンデーが俺を睨んでいる。目を合わせられないでいると、低い声。
「貴様、我を謀ったのか…?」
「わざとじゃねーよ!何かこう、こっちの道だったかなーとか考えながら歩いてたらこんなトコ来ちまったんだって!」
「貴様の自己弁護など聞いておらぬ!案内もまともに出来ぬかこの愚か者!」
「痛ぁっ!だからホント悪かったって!」
ハタキで殴られながら、俺は必死で記憶を辿る。会社と家を結ぶ道からちょっと外れた場所にあったハズなんだ。普段行かないような細い道の向こうにあって、そう、ちょうどこんな感じの………って、あったよ。こんな事ってあるんだな。
俺はちょっと感動して、サンデーに振り向きながら公園を指差した。
「ホラあったぜ!お前の好きそうな――おい、サンデー…?」
ドコ行っちまったんだ。さっきまでいたハズのサンデーは、俺の前から消えていた。公園には小春日和らしく穏やかな光りが降り注いでいて、風はちょっと冷たい。だけど、その中にサンデーの、かつては緑色だった今は茶色の服は、ドコにもなかった。
ぱさ、と俺がさっき貸したマフラーが、地面に落ちる。
…俺は、誰に貸したんだ?
それを拾い上げて、また自分に巻きながら、俺はそのまま会社へ行った。
寄り道なんかしてたら、遅刻しちまう。
小柄とはいえ普通に人間大。
いつも緑色の服を着て、変なハタキを持っている。
冷凍食品の焼きお握りがお気に入りで、家電との相性は最悪。
何かあるとすぐに殴ってくるクセに、変なところ素直だったりする。
何それ謎々?――って、違う。
それは、
俺たちが寿命を削って作ったアニメが放送される頃。
何かの打ち上げの帰り、ほろ酔い気分で家に帰ろうとしていた俺は、バス停のベンチに緑色の服を着た人を見かけた。
そいつ、確か朝もそこにいたな。
相変わらず俺以外には誰にも見えてないようなので、そろそろ職場を変えるいい機会なのかもしれない。
俺は、また声を掛けた。
「よう、何を待ってんだよ?」
「遅い!」
間髪入れずにハタキが振り下ろされた。
「っだぁー…!何でいきなり殴って来るんだよいつもいつもよぉ?!」
「見ろ、この采弊を。今が春である故、こうして花が咲くようになったのだ」
「そして俺の話聞かねーし!」
確かにハタキから、ひらひらと白い花びらが落ちている。
ご機嫌な様子の妖精さんは、ハタキを振り回している。それが俺に当たってんですけど…?
「あーホラもう帰ろうぜ」
「またあの家か」
「それ以外に何があるんだよ?」
「貴様、いつになったら出世するのだ」
「余計なお世話だっつうの」
これが、俺の知ってる妖精さん。
2007.11