Bゲート 搭乗口
空港内のアナウンスが、飛行機が無事に着いた事を告げる。
幸村と佐助は、乗客を出迎える人たちの中に混じって、目当ての人物を探していた。
「佐助!ちゃんと探しておるかっ?!」
「言われなくたって探してますよっと。ダンナこそ、俺より背ぇ高いんだし、見つけやすいんじゃない?」
「あまり変わらぬではないか!…?!…ぅぉあっ!!?」
「ダンナ、あんまり――ってもういないしっ!?」
出迎える人たちの中で一番うるさい人(幸村)が、更に大声をあげる。佐助が流石に注意をしようと幸村に向いて口を開きかけたが、幸村はそれを振り切るように走り出した後だった。(幸村には佐助の声が耳に入らなかったので、振り切った自覚はなかったが)
「ぅぉおお館さばぁあああああっ!!!!」
両腕を広げて、名を呼び…叫びながら、相手へ駆け寄る…というかは、体ごとぶつかっていくような物凄い勢いで、減速する気配も無く突っ込んでいく。そして。
どがぁん…!と結構凄い音がした。
思わず佐助は身を竦めて目を閉じたが、次に目を開けた時、幸村が空港の床に倒れている姿しか見えなかった。
「幸村よ、慢心するでないぞ…!」
拳を大きく振り切った直後の姿で、一人の男が幸村へ声を掛ける。
「はっ…!申し訳ございませぬ…っ!!」
飛び起きた幸村が、床の上に正座して深く頭を垂れた。
佐助は、このままだと以前のように警備員が来るかなぁと思ったので、二人が動き出す前に場所を移動させることにした。
「大将、お帰りなさい」
「佐助か。うむ、今戻ったぞ。…幸村は、相変わらずだのぅ」
「ま、そこがダンナのいい所だと思いますがね…ところでソレ、何なんです?」
大将――名前は武田信玄という――は、出国した頃に比べて伸びてきた顎鬚をしごきながら、ふぅむと呻いた。
まだ床に正座している幸村に近寄る。
「これ、幸村。面を上げよ」
「はっ…」
顔を上げた幸村の頭に、信玄は自分が被っていた謎の赤い被り物を載せる。
「現地で貰った土産じゃ。迎えに来た褒美にくれてやろう」
隣で見ていた佐助は、大将、ソレ要らなかったんなら何で被ってたんですか。と内心で突っ込んでいたが、幸村は感激のあまり声が上擦っていた。
「お館様…っ! ありがたき幸せ!この幸村、一生の宝に致します!!」
「へーえ、良かったねえ。ダンナ…」
「む?羨ましいのか、佐助」
うっかり内心の冷めた本音が声に出たが、幸村は変な方向に解釈したらしい。真顔で聞いてきたので、佐助は全力で「そんな事ないって!」と否定した。が、
「しかし、某だけがお館様から褒美を受け取るわけにも行くまい。…名残惜しいが、コレは佐助に…っ!」
「いやホント要らないから!ダンナが貰っておけば?!」
何故か泣きそうな顔をして(そんなにあげたくないなら遠慮しなきゃいいのに!)、幸村は佐助に謎の赤い被り物を押し付ける。
「ちょ、コレ大将からもらったばっかでしかも一生の宝にするんじゃなかったの?」
「うむ!だからこそ、佐助に預けておけば安心であろう?」
昔から、佐助に預けたものが無くなった例がない!と自信満々に言い切る幸村に、ダンナが物持ち悪すぎるからでしょーに。とボヤく佐助(しかもやっぱり俺にあげるんじゃないんだ)。信玄が見た目通りの豪快な笑い声を上げた。
「お主ら、儂のいぬ間に成長したのは背丈だけのようじゃな!3年前と変わっとらんのう」
「申し訳ありませぬお館様っ!まだ精進が足りぬようです…!!」
「いや、ダンナ。さっきのは多分叱られたんじゃないと思うよ?」
結局押し付けられた謎の赤い被り物を抱えたまま、佐助はやれやれ、と声に出さないように呟いた。
空港を後にした一行は、佐助の運転する車で幸村の下宿先へ向かう。
一応、案内役という事で幸村が助手席に座るが、この位置ではお館様が見えない。
何とか体を捻って後部座席を視界に入れようと四苦八苦していると、運転席の佐助に呆れたような声を掛けられた。
「ダンナ。そんな体勢で後ろ見てると、酔うよ?」
「む、心配は無用だ!」
「幸村ぁ!儂ではなく前を見よ!」
佐助が迷うではないか!佐助のことなら大丈夫でございますお館様ぁ!何を根拠に?!
(ああ、カーナビ付けてぇ)
暖房無しでヒートアップする車内。
ハンドルを握りながら、佐助は真剣に次の給料の使い途を検討した(別名:現実逃避)。
『…Hello?』
「伊達殿、いきなり英語はびっくりするでござるよ」
『真田ァ…!テメエ、朝飯全部食って出て行きやがって!こちとらビックリどころじゃねェねえんだよ!
Are you okay?!』
「は…っ!もしや全て某のではなかったのでござるか!」
『当たり前ェに決まってンだろーが!でなきゃ誰があんなに作るかッ!』
「も、申し訳ありませぬ!しかし、腹が減っていたのと余りに旨かったので、つい…っ」
『Hey…おだてた所で無駄だぜ?この落とし前はキッチリ付けてもらうからなァ…!?』
「(こ、怖いでござる…!指の一本は覚悟しなくてはっ)と、ところで伊達殿!」
『何だよ』
「今から二人、部屋へあげようと思っているのでござるが、宜しいだろうか?」
『………。』
「(沈黙が怖いでござるよ伊達殿!何か話して下され…っ!!)如何でござるか?」
『――OK,何人でも連れてきな。俺ァ毛利ンとこにいるからよ』
「かたじけないでござるよ!」
『Ha!その代わり、風呂・トイレ含む掃除とゴミ出しと買出しやれよな。あと皿洗い』
「!…承知致した」
『これから一ヶ月』
「そ、そんなにでござるか?!」
『Ahn?それでチャラにしてやろうってンだ。当然、やるよなァ…?』
「わ、分かり申した!やらせて頂きます!」
『Good!イイ返事だぜ。用事はコレだけか?』
「は、左様でござる。それでは、某はこれで…」
『See you later.』
ぶつ、と切れる電話に思わず体を竦ませ、幸村も通話を切る。場所は、下宿先に一番近いコンビニの駐車場。車から降りて伊達に許可を得るために電話をしていた幸村に、運転席の窓から佐助が声を掛けた。
「ダンナ、交渉終わった?」
「ああ…」
「つうかさ、こんな直前に連絡入れてどーすんの。俺てっきりもう済んだと思ってたよ」
「忘れていた某の不覚でござる…!それに、伊達殿は狭量なお方ではない故、許しが出ると分かっていたのだ」
その割には随分怒られたみたいだけどねぇ。電話先の見えない相手にしゃちほこばったり頭を下げたり、何かと忙しく動いていた幸村の様子を思い出しながら、佐助はエンジンキーを回した。幸村が助手席のシートベルトを締めるのを待って、発進する。
「ここでございまするお館様ぁあ!」
「ほう、中々良い住まいであるな」
「こちらに階段がございますぞお館様ぁあ!」
「ふむ、階段を登ることで足腰の鍛錬をしておるという訳じゃな幸村…!その意気や良し!」
「佐助、どちらが早く上がれるか、競争だ!」
「え、ええ?!」
「何事も修行じゃ、佐助。受けて立つが良い」
「え…いや、まあ、大将はゆっくりでいいんで無理しないで下さいね?」
「何を言う。儂はまだ若い者に遅れを取る気は無いぞ…ッ!!」
「…ぅわあ、本気だよこの人たち」
久し振りの全力疾走は、辛かった。
一人全身で酸素を求める佐助の視線の先、幸村が元気一杯なのはまぁ、いいとして。
何で大将までそんな元気なんですか…!?
「佐助ぇ!精進が足りんぞ!!」
「ふっ、まだまだよのぅ」
「………。」
ってかアンタらが他の人と造りが違うだけなんですって。普通の俺にそんなの期待しないで下さい。
佐助の心の声は、残念というか当然というか、二人には届かなかった。
伊達はもう出て行ったようで、部屋に鍵が掛かっていて、中には誰もいなかった。
「何つうか、生活感ないねぇ…」
男二人の住まいなのだから、もう少しくらいは汚れていたり雑然としていたりしていても良さそうものなのだが。
リビングダイニングのいつもの座卓で、幸村と伊達の座布団を客二人に勧めた後。佐助が辺りを見回してポツリと呟く。
台所で慣れない手つきで茶の準備をしながら、幸村が返す。
「伊達殿とは趣味が合わぬ故、あまり物を増やせないのでござるよ」
「幸村よ、その伊達とは何者なのだ?」
「あれ、大将知らなかったんですか?」
「うむ。表札に書かれている名前は見たがの」
今まで話題に出なかったから、信玄が知らないのも無理はないだろう。
そこへようやく急須と湯呑みを載せた盆を運んできた幸村が来る。取り敢えず二人の前に零れそうなくらいに茶を注いだ湯呑みを置いて、姿勢を正した。
「お館様。伊達殿とは、某と住んでいる方でございます」
「ルームシェア、って奴ですよ」
隣で佐助が言い添える。ほう、と信玄は感心したように頷いた。
「儂のおらなんだ間に、ちっとは成長したようじゃのぅ幸村よ」
「ありがたきお言葉!」
幸村が嬉しそうな声を上げる横で、佐助はちょっと待てよ、と心に引っ掛かる物を感じる。
それを言葉にする前に、信玄が言葉を続けた。
「で、どこまでの仲になったのじゃ?」
「…どこまで、と申しますのは?」
流石の幸村も、信玄の発言が引っ掛かったようだ。尻尾があれば振っていたに違いない上機嫌が影を潜め、首を傾げて聞き返す。反対に信玄の口調は機嫌の良いものになっていた。
「まさか、お主に同棲するほどの恋仲になる相手がおったとはのぅ。長生きはしてみるモノじゃな!」
長生き、ってそんな事言うほどの歳でもないでしょーに。とまず内心で突っ込んでおいて。
佐助は硬直して言葉が喋れなくなった幸村に代わり、口を開く。
「大将、一緒に住んでるっても同棲と違って、男同士の話ですよ?」
「にしては部屋が綺麗に片付けられておる。儂はてっきりそうなのだろうかと踏んだのじゃがの」
「いやいやいや!ダンナに限っちゃそれはナイでしょ。大将、まだまだ長生きする必要ありますぜ?」
そうかのぅ、そうですよ!
以上のやり取りが耳に入っていたかも怪しい様子の幸村は、がたん、と音を立てて立ち上がる。何やら思い詰めた様子で、暫くその場に立ち尽くしていたが、「御免!」と一言残しその場を出て行く。バタン、とドアの閉じる音が響いたのは、部屋からも出て行ったからなのだろう。
佐助は、のんびりと茶を啜る信玄を横目で見た。
「ありゃー、ダンナ出てちゃった。大将、あんまりからかうのはナシですよ」
「あれしきでどうかなる幸村がまだまだなのじゃ」
その内戻るじゃろう。そりゃあココが今のダンナの家ですしねぇ。
佐助も信玄に倣って茶を啜る。口に含んだ瞬間広がる渋味に顔をしかめて急須の蓋を開けると、湯で広がった茶葉が茶漉しから溢れ出てきた。
…茶の淹れ方くらいは覚えさせてから、家を出した方が良かったかも。
手慣れた様子で汚れた座卓を拭きながら。何となく、保護者の気持ちを味わう佐助だった。
一方の幸村は、隣の毛利・長曾我部の部屋の呼び鈴を押していた。
しつこく鳴る呼び鈴に毛利が迷惑そうな顔を出し、訪問者を確認する。
「何用ぞ、真田」
「伊達殿はおられるかッ!」
毛利は伊達の名に、一瞬、形容しがたい表情を浮かべた。
「…まぁ、入るが良い」
「かたじけない!」
靴を脱ぐ動作ももどかしそうに、幸村は文字通り脱ぎ捨てる。しかしその後キチンと並べ直すのは、これでも育ちが良いからなのだろう。
どかどかどか、と音を立ててリビングダイニングへ直行し、伊達の後ろ姿を見付ける。
「伊達殿!今から某と部屋へ戻って下され!!」
「お~幸村じゃねぇか。どうした?」
幸村に背を向けたままこちらを見ようとしない伊達に代わり、今日は会社が非番なのか、彼といた長曾我部が声を掛けてくる。
「ちょかべ殿!申し訳ありませぬが、伊達殿は借りて行くでござるよ!」
「ああ、俺の用事は終わったからよ。好きにしろや」
腕を掴んで伊達を立たせる幸村に、長曾我部は笑顔で応える。さっきから無言の伊達に違和感があったが、電話でのやり取りで、まだ怒っているのだと解釈した幸村は、あまり気にしないで伊達を引っ張って自分達の部屋へ戻った。
「お館様ぁあ!佐助ぇ!良く見るでござるよ!!」
部屋に戻った幸村は、引っ張ってきた伊達を二人の前に押し出した。
「こちらが某と住んでいる伊達殿でござる!」
「…ほう!」
「――あれ…?」
腕を組んで感嘆の声を上げる信玄と、目を丸くする佐助。二人のリアクションがおかしいので、幸村はまさか人違いだったかと伊達の顔をのぞき込む。ふわ、と甘い芳香が幸村の鼻をくすぐった。
「…伊達殿…?如何したのだその顔は…??」
不機嫌極まりない仏頂面で前方の空間を睨んでいる伊達が、先ほどから幸村を見ようとしなかったのは、別にまだ幸村に対して怒っている訳ではなかったようだ。
甘い芳香の原因は、彼に丹念に施された化粧品の香りだった。何かを懸命に堪える片目を縁取る睫毛は、ご丁寧に付け睫毛で延長されている。
全体的に細身の伊達が女性のような化粧をすれば、かなり目付きが悪いがそれでも普通に女性に見える。
「伊達殿…?」
「…ッ!」
遂に堪えきれなくなったのか、伊達は幸村を振り切って、無言で部屋を出て行った。
幸村も、どうして良いのか分からず、その場に呆然と立ち尽くす。
しかし、バタン、と閉じたドアの音にやるべき事を思い出して、信玄と佐助に向き直った。
「お館様!佐助!い、今のは事故でござるよ!伊達殿は男でござる!!」
信じてくだされ!しかしそんな幸村の必死な釈明にも、信玄は意味深な笑みを浮かべただけだった。
「心得たぞ、幸村。もう何も言うでない」
「お館様…!」
「うむ。険しい道なれど、決めたからにはやり遂げよ!この儂が見ておるぞ、幸村ぁあ!!」
「ぅお館様ぁあああ!!!」
涙を流す幸村のその涙は、決して嬉し泣きでも感涙でもないことは、佐助が良く分かっていた。そっと席を立ち、幸村へ近寄る。
「ダンナ、大将には俺から誤解といておくから。もう泣かないで、ね?俺はちゃんと分かってるからさ…」
床に踞って咽び泣く幸村の背を撫でながら、こんな事をするの何年ぶりだろう。とか変な感慨が沸く佐助。
結局。幸村の部屋に滞在中は、信玄の誤解がとける事はなかった。
こんな所で終わらせておく?
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