「そこで、矢張がこう答える」
「クッ…『今度は一杯の熱いコーヒーが怖い』ってな」
「……ゴドー検事。話のオチを持っていかないで頂きたい」
いつの間にか入り込んでいたゴドーが、相変わらず湯気の立つマグカップを手に立っていた。最後のオチを取られた御剣の、不満そうに細められた目付きをかわして、悠然とマグカップの中身を味わう。
「しかし、アンタが法律以外の事にも詳しいとはな…。クッ、どんなコーヒーも、香りだけで判断は出来ないってコトか」
「日本人としての教養の範囲だ。それと申し訳ないが、その喩えは今ひとつ良く分からないのだが…。あぁ、メイ、今までのが『まんじゅうこわい』の概要だ。本格的な噺として聞きたくば、その公民館へ足を運ぶと良い」
ゴドーの相手をしつつ、御剣は今までの話し相手へ向き直る。冥は首を横に振って、立ち上がった。
「もう結構よ、貴方の話で十分に分かったから。…手間を取らせたわね」
「ム…?」
今日は何故か大人しい態度を取り続ける冥の様子に、御剣は違和感を感じて眉根を寄せたが、冥はさっさと部屋を出て行ってしまった。
そして公判の資料を届けに来ただけらしいゴドーも、またしてもいつの間にか姿を消している。
御剣は冷めてしまった紅茶を淹れ直し、再び仕事へ戻った。
(あの男…!検事としてだけではなく、こんな所でも私の先を行くなんて…!)
一方冥は、検事局の廊下を歩きながら無意識に手にしていた鞭を引っ張って鳴らしていた。すれ違う事務官や証拠品を届けに来ている刑事たちが、顔を引き攣らせて彼女の視界から逃げようと廊下の隅へ移動するが、元より冥の視界には彼らは入っていなかった。
「見ていなさい、御剣怜侍…!狩魔は落語においても完璧なのよ!」
少々ズレた対抗心を燃やし、冥は情報収集のために近くの書店へと向かうことにした。
そして年度末の検事局で行われるささやかな余興において、それは見事な上方落語を披露し、聴衆に向かって優雅に一礼する冥の姿があった。
「クッ…アンタの腕前、中々のモンだったぜ…?」
「当然。狩魔は全てにおいて完璧なのよ」
「ああ、驚いたな。キミがいつの間にそのような特技を身に付けていたとは」
ゴドーと共に素直な賞賛の言葉を口にしながら、御剣は、そう言えば先生も良く落語の類を聞いておられた、と思い返していた。一人頷く。
「…血は争えない、ということか」
「何を言っているのか良く分からないわね。それは完璧な狩魔一族に対する負け惜しみかしら?」
「それは…(一体どういう思考回路を辿ればその結論に落ち着くのだ?)――いや、そういう事にしておいて貰おう」
勝ち誇る彼女を前に、下手な刺激を与えて不機嫌にさせても仕方がないと判断し、御剣は今は彼女の言動を肯定するだけにしておいた。
そしてたとえ法廷に立っている時でさえもコーヒーを手放さないゴドーは、やっぱりこの場においても持参のコーヒーを味わいつつ、何だか良く分からない喩えを口にする。
「クッ…!単に苦いだけのコーヒーじゃ、誰も飲んでくれねぇってコトだな…
勿論、甘いだけでもコーヒーじゃねえぜ?!」
「ゴドー検事、頼むからもう少し分かりやすい喩えを…むしろ、もう喩えなしに会話をして頂きたいのだが」
「まだまだアンタには、このコーヒーの本当の味が分からないみたいだな……」
仮面に覆われていない顔の下半分だけで器用に含み笑いをしてみせるゴドーと、何時になったらこの男とまともな会話が成立する日が来るのだろうかと腕を組む御剣の横で、冥の目が光る。
「コーヒーの本当の味……中々、興味深いわね…!」
「マグカップの中の深い闇、果たしてアンタに飲み干す事が出来るかな…?」
「この私に挑戦した事、必ず後悔させてあげるわ!」
「………。(私は紅茶党だし、放っておこう)」
今度は落語ではなくコーヒーにおいても完璧を目指すつもりになってきているらしい冥と、何故かそれを煽っている(らしい)ゴドーと、あくまで無関係を装うつもりらしい御剣。
検事局の中でも指折りにアレな三人の周りには、今日も今日とて誰も近づけないでいる。
「一応、これは検事局内での親睦会、なのですがねぇ…」
最近、髪だけではなく影まで薄くなってきている亜内氏の呟きも、誰にも聞かれていなかった。
おわり
逆転裁判クリア記念!
なのに主人公が主人公の扱いを受けていないとはこれ如何に。
何故落語なのかは書いた本人にも分かりません。
矢張オチに見せかけたゴドーオチ…と見せかけて亜内オチ。
この検事さんたちが一堂に会することはゲーム中ではありえませんが、
あったら良いなー、のパラレルってことで一つ。