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袖摺り合うも
2.伊達政宗の場合
「damn it!やられたぜ…!」
目の前のモニターにズラズラと映し出された情報の羅列を睨みつけて「shit!」と再度毒づくが、当然、それで情報が変わることはない。
苛々と舌を打ちながらも、本人の機嫌とは裏腹に指は滑らかにキーを叩いて、次なる依頼を検索し始めた。
伊達政宗は、個人で営業している運送業者だった。
運ぶ物は相手によって実に様々で、人間からデータ、時に取引に制限の掛けられている薬品など、政宗の操る機体に積載できる物ならば何でも運ぶ。
太陽系外の惑星間を航行する個人配送会社は、実は結構多い。宇宙船を個人で持つことができるようになってから、宇宙における事業としてポピュラーなものの一つになった。
そのうち個人業者が寄り合いを作って後にデリバリーギルドの前身となる集団が生まれた。
それは現在も機能していて、宅配業を営む個人や会社を多数擁し、宅配の取引が円滑に進むようにしている。
だが政宗はそうしたギルドには所属していなかった。フリーランスの宅配業者のメリットとしては、報酬を自由に決められることに加え、ギルドへの協定金を支払わなくて済み、ギルド内の規程に従う必要もないので、違法とされる物品も取り扱える。とりわけ、組織の中で柵に囚われるのを何よりも嫌う政宗にとっては、『首輪付き』になるのは御免だった。
しかし当然デメリットもある。
先程の政宗のように、取り付けた依頼が実は既にギルドによってブッキングされていた、ということもある。一般に上客とされる取引相手は、ギルド公認の配送業者の方が信頼度が高いと考え、時折非合法な仕事も請け負う政宗のようなフリーランサーを敬遠する傾向にある。そのため依頼がダブルブッキングとなった場合は、客の意向でギルド公認のライバル会社に依頼を正式申し込みされるという、横取りに合うことが多々ある。
さらに、そういった安全で高額な依頼ほどギルドが独占し、優先して組織の業者に斡旋するため、個人で営業して客を取る政宗たちには殆ど仕事が来ない。必然的に高額だが危険な非合法スレスレの仕事か、安くて割に合わない底辺の仕事くらいしか受け取れない。
それも未だに人間が活動する宇宙空間がまだ十分な法整備をされていない現状だからこそであり、今は宇宙船が通るほど網目の大きな法の網が、いつ政宗の首を絞めるほど狭まるかも未知数なのだ。
フリーランサーの運び屋としてはそれなり以上の評価を受けている政宗でさえ依頼を受けるのに精一杯なのだから、普通に運び屋をやるならばギルドの傘下に入った方が数倍ラクだ。何より法律的に保護を受けることもできる。
政宗は久しぶりに安全な依頼を受け取れたと思った瞬間に、ギルドとのダブルブッキングに遭い、そしてまんまと横取りされたので機嫌は最低値だった。今なら売られた喧嘩を誰彼構わずお買い上げできる気がする。操縦席の背もたれに遠慮なく体重を掛けて、政宗は上を振り仰いだ。
そこへ、先日気分でとある女性歌手の声に変えた人工知能が、通信の要求を受けたと告げる。
「誰だ?」
「通信番号F-90E-…」「出せ」
人工知能の声を途中で遮って政宗は通信を許可した。
「了解しました、マスター。通信を開始します」
『依頼だ。ある生体試料を運べ。前金で10、成功報酬で前金の10倍』
身元が分からないように声を合成してあるが、通信番号は何故か固定の客。過去に何度も依頼を受けているうちに、すっかり番号を暗記してしまった。
抱えている客の中でも、危ない依頼の一つであると思う。中身を検索しないのは配送業者の不文律だが、政宗が過去に運んだ物品が、何らかの犯罪に関わっているのは確かだ。
そしてそれに見合うだけの報酬を受け取れる。
しかし、そんなワケありとは言え上客相手にも、政宗は不機嫌を隠しもしないで答えた。
「生体試料はデリケートだからなァ、そんな端金じゃあ船を動かせねえよ。ギルドにでも頼んだらどうだ?」
『では前金を倍、成功報酬は前金の13倍』
間髪入れずに返ってくる声に、政宗は一瞬だけ口を閉じた。
「…どこに取りに行けばいい」
相手が指定したのは、丁度政宗の船を浮かべている惑星軌道上から、さほど離れていない別の惑星軌道上にあるステーションだった。
そこで荷物を受け取り、受け取った相手に配達先を聞け、という聞くからに非合法寄りの仕事だ。残念なことに政宗が一番慣れた内容だった。
さらに毎回この通信番号が指定するのは、政宗の船の居場所をどこかで見ているのではと疑うほどに的確な位置だ。報酬と併せて、そう簡単に依頼を拒否できなくしてくる。
前金が相手の言い値で振り込まれたのを確認してから、政宗は人工知能に目的地の設定と航路検索を命じた。命じたついでのように、ふと呟く。
「この依頼を片付けたら、この船をもうちっとマシにremodelしちまおうかな」
ここ最近は生体を扱う仕事が増えたので、微妙な温度管理が可能なコンテナでも増設したい。前回は生きた人間を運ぶために鍵付きの小さな部屋まで造った。
客のニーズに応えているうちに、どんどん自分の船が裏街道御用達にカスタマイズされつつあるのは、こういった仕事をする上で仕方がないとは言え、何だか本末転倒の見本の気がしないでもない。
さっさと金貯めて、こんな稼業から足洗ってやる。依頼を受ける度に政宗はそう誓うものの、中々運び屋からは脱却できそうもなかった。
指定されたステーションで、依頼の品を受け取る。
見た目は単なる合金製チューブだが、厳重なロックが掛けられていて、ある程度以上の衝撃にも耐えられる構造になっている。カモフラージュの為か、貼ってあるラベルには『食品衛生サンプル:要冷蔵』と書かれていた。どう見ても単なる食品を入れてあるだけには見えない代物だが、企業秘密を盾にある程度の検閲は逃れられる。
相手が指定する場所は、具体的な地名ではなく、暗号めいた座標番号で指示されることが多い。今回の運び先を頭の中である程度の辺りをつけた政宗は、思わず目の前の取引相手に食って掛かりそうになった。
よりによって、軍事施設がある惑星周辺だ。
真っ当な依頼を受けたギルドの船が航行するのにも哨戒船が張り付くような一帯に、どこの組織にも属さない個人の船なんかが単機で乗り込めばまず怪しまれる。下手すれば立ち入り検査まで要求されるかもしれない。
何か上手い方法でも考えておく必要がある。取引相手とは長い間接触するのは好ましくないので、受け取って指示を聞いてすぐにその場を離れながら、政宗は緩衝材を敷き詰めた中に金属チューブを入れたキャリーバッグを引き摺って船着場へ向かう。
船に戻ってキッチンの食料を入れてあるのとは別の冷蔵庫に金属チューブを安置した。カモフラージュとは言え要冷蔵、と書かれた物品を常温で置いておくと怪しまれた時に厄介だからだ。人工知能に目的座標を指定すると、案の定警告メッセージが出る。
「ノー、マスター。指定された座標は民間機の航行を許可されておりません」
「Ha!なら許可を取れば良いんだろ?」
「イエス、マスター。しかしこの機は許可を得る条件を満たしておりません」
「良いから黙ってな」
当てが無いわけではなかった。しかし、できれば使いたくない、政宗にとっては奥の手に近いやり方だ。
通信機能を立ち上げて、相手の通信番号を呼び出す。機体のメモリーには記録させていないが、通信番号は忘れたことが無い。
相手の人工知能が「応答を許可します」と告げたと同時、相手が政宗に話しかける。
『お久しぶりです、そちらから連絡を頂けるとは珍しいですね』
「無沙汰は詫びる。だが今はそう悠長に挨拶できる状況じゃねえ」
『また厄介事を引き受けましたか』
「Yes!察しのイイ奴は好きだぜ?」
『俺の職務範囲内で収まるのでしょうな?』
「Of course.基地のある惑星軌道上を通りたいだけなんだが、許可できるか?」
『現在は条件が緩和されているので、申請して頂ければ許可は下りるかと。ただし軍事活動域を航行中は哨戒船の随行が条件となります』
「立ち入りは?」
『哨戒船から要求があった場合には、御機に拒否権はありません』
「…単に通り過ぎるだけだ、構いやしねえよ」
『了解いたしました。折り返し必要書類を送らせて頂きますので、必要事項記入後、片倉小十郎宛に送って下さい』
「OK.いつも悪ィな、小十郎」
『少しでもそう思って下さるのでしたら、危険域の航行などご自重なさいませ』
ここから先はお決まりの小言が続くと分かっている政宗は、「じゃあな!」と通信を切った。
やがて片倉小十郎の名前で送られてきた大量の申請書類にうんざりしながら、全てに目を通して記入する。中身は非合法ギリギリの仕事を請け負う運び屋の船でも、機体そのものは宇宙航行法の合法範囲内に収まるので、これでも申請は楽な方だ。
これで機体までグレーゾーンに改造していたら、いかに軍事関係者と縁のある政宗であっても許可は得られない。
組織の力に頼らない生き方というのは、全うするのは難しい。利用できるならば何でも利用してしまえばいい、という考え方も一理あると思うが、それが正解だとも言い切れない。
だからと言って、小十郎とも縁を切って、完全に組織という組織から自由になるのも、政宗にはできなかった。
苦労して作成した書類を小十郎へ送信した政宗は、一息入れるためにキッチンへ向かう。
少し前に新調したコーヒーサーバーから立ち昇る芳香を楽しみながら、冷蔵庫の中にある金属チューブのことを少し思い出した。
仮に哨戒船から中を見せろと言われても、まさか他人の家の冷蔵庫まで漁るような真似はしないだろうな、と思いつつ、他に探られると厄介な所は無かったか、と思考を巡らせる。
そこで出た結論は、一般的という言葉からは少し離れた感はあるものの、運び屋の船だから普通の民間機とは仕様が違って当たり前だ、という力押しの言葉でどうにかするしかない。というものだった。何も犯罪者を匿っての航行ではなく、違法品を積んでいるかも不明の民間機に、軍がそこまで介入してくることもないだろう、と楽観的に考えてもいた。
操縦室に戻った政宗に、人工知能が軍部からの許可が下りました。とアナウンスする。
今度は、政宗が指定した座標に対して警告もなく、機体は目的地に進路を取った。
「マスター。条件付範囲検索の結果、範囲内にセーフポイントが一ヶ所見付かりました」
仕事を終えた政宗が、惑星以外に補給可能な所は?と問えば、そう答えが返ってきた。