「ちょっとおつかいに行ってきて欲しいのよねぇ」

 

ついさっきまでトルコの奥地で、変な老人と生死をかけたバトルに参加していた蔵人は、さして時間が経っていないにも関わらず久し振りに帰ってきた(気がする)日本は犬神の里に戻るなり、いきなり母であり現・犬神家当主の咲に言われて、再び里を出る事になった――

 

 

 

世界を救うのは

 

 

 

鞍馬の狗籠、と呼ばれるその場所は、代々犬神家の人間によって護られてきた、いわば神聖な場所である。その最奥に咲が言うところの『何か変な気配』がするらしく、様子を見に行かされたというわけだ。そして最後にその場所に行ったことのある人物が、今は亡き蔵人の父のみで、当然、咲も蔵人も行き方は知っているが最奥まで行った事はない。

出かけの際に咲が「あ、コレ何かの役に立つだろうから持って行きなさい」と渡してくれたのが、殆ど白紙の地図と、幾つかの石版。用途は行けば判るとのこと。

狗籠の入り口で、蔵人はゾロゾロと付いてきた他の面々に、これは犬神家の事ですから、僕に任せてくださいと告げた。特に断る理由もないメンバーたちは、快くそれを了承した。

 

「私は蔵人様に付いて行きますわ!妻として…ってきゃっ!まだ早いわよアニーったら!」

 

…とまぁ、半ば強引にアナスタシアはバトルメンバーに参加することになった。それもみんな、生ぬるーい眼差しで、それを了承した。

他にはボコり担当・ウルと壁担当・ヨアヒム。(壁だらか!?)(他に何の使い途があるっていうのよ!)

ネアムの地下でもこんな面子で行ったよなー、とウルは蔵人の後ろに付いて行きながらふと思い出す。

 

 

 

狗籠の内部構造には、少々特殊な仕掛けが施されている。

咲から渡された石版は、良く見ると表面に文字と模様が描かれている。狗籠に入ってすぐの空間に、祭壇のような腰ほどの高さまである石作りの机が一つ。この机の上に、石版の模様を道として繋げて行けば、先に進めるという寸法だ。石版の模様の通りにしか、先へ進む道は現れず、石版も一度使用してしまうと、また元の部屋に戻って回収しない限りは一回しか使えない。

更に蔵人が言うには、石版は書かれた文字の向きの通りにしか置けないのだという。

 

「うわ、めんどくせー」

 

紋章魔法もそれと同じ理由で拒否したウルは、ややこしいルールとただでさえ弱めなオツムを使わざるを得ない状況に、早速やる気を失っている。

 

「早速使ってみるだっち!」

 

同じくオツムは弱めでも、紋章魔法を使えるヨアヒムは、パズルみたいだら!と楽しそうに石版を並べている。その横でそうじゃないわよ馬鹿!こうでしょ!と口だけでなく横槍を入れつつも結局はヨアヒムと一緒に楽しんじゃっているアナスタシア。

 

「石版は何度でも組めますから、まずはこの鳳の間から行ってみましょうか」

 

折角アンタの試練なのにねー。あの二人に出番取られちゃってない?とウルがうっかり口に出して心配しちゃう蔵人が、あーでもないこーでもない、を繰り返す二人の背後から声を掛ける。

 

「そうですわね!蔵人様!」

「それがいいだら」

 

ぱっと振り向きざまヨアヒムを蹴っ飛ばしてこかしつつも蔵人を見上げるアナスタシアと、早々に起き上がって腕を組みつつ大仰に頷くヨアヒム(尤も、彼の巨体ではどんな動きも大きくならざるを得ない)。

今度は3人(というか2人と弾かれつつあるもう一人)で、あーでもないこーでもない、を再開する。

その様子を――かれこれ10分は見ていて、ウルはぽつりと呟いた。

 

「ねぇ、俺さ、パーティから外れてもいいかなあ…?」

 

言外に戦力外通告を出されたも同然なこの状況、おにーさんは耐えられません。

 

「それならこのデカブツも連れてってちょうだい!」

 

アニー様に蹴り出されたヨアヒムを連れたウルが、パーティから外さ…いや、外れた。

 

 

 

代わりに来たのが、ゼペットとブランカ。

 

「ウルの奴、イジけとったわい」

「バウッ!」

 

いい加減、二人でのあーでもないこーでもない、に手詰まり感を覚えていた蔵人とアナスタシアは、新たな助っ人の登場を歓迎した…が。

 

「何で犬なのよ!」

「何を言うんじゃ、ブランカはウルより利口と言われとるぞ」

「クゥン」

「だとしても、バウとかクゥンじゃ、分かんないじゃない!」

「ウルさんより利口、のくだりは無視して良いんですか…?」

 

結論から言うと、アナスタシアの言う通り、人間と狼の意思の疎通は難しかった。

多分、ブランカ的には良いこと言ってんだろうけど、やっぱり人間様には通じない。

ゼペットも蔵人から説明を受けたはいいが、「年寄りにはのう、新しい事はのう」と自らを故障者リストに加える事で、何か未練があるらしいブランカを連れて退場することにした。

 

「バウッ、バウッ!」(まだだ、まだ終わらんよ!)

「おーおー、良し良し、あっちで遊ぶかのうブランカ」

 

 

 

 

最後の頼みの綱、おねーさん二人組。

 

「…ま、こうなるわよね」

「えへへー」

 

きわめてまともな思考体系を持っているカレンと、言動はアレだが意外と頭の回転は速いと噂のルチア。

ようやく訪れた解決の兆しに、今度こそという思いを強くする蔵人とアナスタシア。

 

やっと、やっとまともに4人で相談できる…!

 

机を囲んで石版を並べつつも建設的な意見を出し合う4人を、戦力外通告組はそばのセーブポイントから初めはただ突っ立って見ていた。

彼らの様子がおかしくなり始めたのは、蔵人一行が鳳の間から新しい石版を手に入れて戻ってきた辺りからだ。

 

何か、あの辺ピクニックみたいになってない…?

 

セーブポイント周辺は、何故かモンスターが出現しないらしく、思う存分にだらけていても決して危なくは無いのだが。

どっからか出してきたシートの上に座って、お茶を飲んでいるウル、ヨアヒム、ゼペット。ブランカはシートの横にちょこんとお座りしてたまにウルに撫でられている。

戻ってきた蔵人一行を認め、「おーうお帰りー」とか呑気に手を振る様は、戦いを忘れたフヌケそのものだ。

 

いやまぁ、確かに戦力外通告は出したけれども。だからって、何でそんなに腑抜けるの?

 

カレンがそう言おうとして腰に手を遣り息を吸う傍ら、のんびりと、しかし明らかに非難の意がこもった声が上がる。

 

「ああん、ちょっとお、何やってるのよお!」

 

ルチアだ。このボケ占い師も言うべき時にはキチンと言える子なのだ。ちょっと感動するカレン。しかし、彼女はそのままの口調で続ける。

 

「私もそっち、言っていい~?」

 

狗籠の中をあっちこっち走り回らされたルチアは、もう脚痛い~とか言いつつピクニック組にふらふら~と引き寄せられている。その襟首を間髪入れずに掴んで引き戻して、カレンはやっぱりこのボケ占い師…!と苦虫を噛み潰した。

しかし、ピクニック組は元よりルチアの参加を認めるつもりは無かったらしい。

 

「だーめ」

 

素気無く追い払うようにしっしっと手を振って、ウルはずずず、と茶を啜る。ばりっといい音を響かせながら煎餅を噛み砕いたヨアヒムは、口をもごもごさせながらもそれを引き継ぐ。

 

「こっから先は男の聖域だっち」

「えー、ワシそんなの嫌じゃわい」

 

ゼペットはお茶と見せかけてこっそり持ってきたブランデーをちびちびやっている(顔が赤くなっている)。酒臭さにブランカが鼻を鳴らしてその場を離れた。

 

こいつら…!

 

カレンは後でどうやってシメてやろうかと思案しつつ、あまりの自堕落振りを発揮する戦力外通告組に言葉も無い様子の蔵人と、元よりそんな連中は眼中に無いアナスタシア、まだ未練が残っているらしいルチアに、先を急ぐ事を提案する。

 

「あんな人たち、放っておいても大丈夫よ。敵に襲われたって死なないんだから」

「え~でもお、楽しそうー」

「アンタはこっち!終わったらお茶でも何でも飲めるでしょ!?」

「え~?」

「…あの、じゃあ次は、龍の間に行きましょうか」

「そうですわね、蔵人様!!」

 

ばりばりと煎餅を貪る音が響く中、一行は次の間へと進むために石版を並べ始めた。

 

 

 

龍の間でも新たに石版を手に入れた一行。

残るは虎の間である。

そこでまた、出発地点に戻ってきた彼らが見たものは、ピクニック組が飲んでいたお茶が、いつの間にか酒に変わって酒宴を開いている様子だった。

 

 

 

 

酔っ払ったゼペットが、愛娘(と公言して憚らない)のコーネリアを操り、魔法を発動させている。

見たところ、回復魔法のようだが――

 

「癒し系じゃもん!」

 

動きと言葉がアナスタシアだ。(一部異なるが)

それを笑い転げながら見ている神殺しと吸血鬼。二人ともアルコールが脳に浸透している様子だ。

 

「癒し系っ!それ癒されるよ爺ちゃんー!」

「じゃあ俺様も癒し系レスラーになるだっち!」

「お前には無理だっつーの(笑)」

 

潜水艦を手の平の上で旋回させて「癒し系だらー!」とか叫んでいる吸血鬼。こんなので癒される物好きが居たら、是非御目に掛かってみたいものだ。

 

「じゃあさ、じゃあさ!俺もやる!癒し系ハーモニクサーの底力、見てろよ!」

「どこが癒し系じゃこんのチンピラがー(笑)」

 

酔っ払った神殺しが、へへへ、と立ち上がって魔物の魂とフュージョンする。

現れたのは――

ネオ・アモン。その気になれば世界を滅ぼす事だって出来るとか言われている魔界の王だ。

 

「え、ちょっと…拙いのではないですか…?」

 

口を差し挟むことさえ出来ずに傍観していた面々の中、ウルと同じくフュージョン出来る蔵人が、ちょっと顔色を悪くした。

 

「どうなさいました?」

 

心配そうに見上げるアナスタシア。彼女を一度見て、蔵人は足元が覚束ないネオ・アモンを指差す。

 

「ご存知の通り、降魔変身術は、魔物の魂を己の心に取り込んで、その力を行使します…融合の際には、術者の精神が魔物の魂を凌駕するほど強くなくてはいけません」

「ええ、そういう風に聞いているわ」

 

蔵人の言葉に深刻そうな空気が一行を包む。対照的に、酔っ払い組は現れたネオ・アモンに野次を飛ばしたり歓声を上げたりと、全く緊張感がない。

 

「今のウルさんのように、酔った精神状態では、魔物の魂を御する事が出来るかどうか…今は何とか制御できているようですが、いつその均衡が崩れてもおかしくはありません」

「てことはあ、あのモンスターが暴走しちゃうかも、ってことお?」

 

その気になれば世界を滅ぼす事だって出来ちゃう魔界の王。

それが酔っ払ったガラの悪いチンピラ一人の精神力で何とか押さえ込まれている状態。

簡単に言えば、世界の危機である。

 

「何とかしなきゃだわ!」

 

武器であるイースターエッグを握り締め、何だかフラフラしているネオ・アモンにぶつけられるよう準備するアナスタシア。カレンも覚悟を決めてレイピアを腰から引き抜く。

ルチアの炊いたアロマが、メンバーの隠された戦闘能力を最大限まで引き出した。

 

 

 

 

結果は、総勢4人での見事な連携で、フルボッコされる魔界の王という図であった。

残りの酔っ払い組どもは、それすら笑いながら見ていたという。

 

 

 

 

 

フュージョンも解け、顔の輪郭がいつもより若干?歪になったウルは、ゼペットやヨアヒムと一緒にカレンの前で神妙な顔つきで正座していた。

 

「危うく世界が滅ぶところだったのよ?!あなたはそれだけの力を行使できるんだから、もっと自覚を持って!分かってるの?!」

「…はい」

 

「周りのみんなも!ウルが危ない事をしようとしてたら止める!何を笑って見ていたの!?笑い事じゃ済まされないことになったらどうするつもり!」

「…はい」

 

「それから今後は、ダンジョン内での飲酒は禁止です!理由は分かってるわよね?!みんなで緊張感を持ってやり遂げなくちゃダメよ!」

「…はい」

 

「とにかく!今日は反省して、私たちが戻ってくるまでちゃんとここで待っているのよ?それくらい出来るでしょオトナなんだから」

「…はい」

 

それからカレンは不敵な表情でキメ台詞を口にした。

 

「分かったら、ごめんなさい、は?

「「「ごめんなさい」」」

 

お母さんみたいーと、うなだれる男三人とその前で仁王立ちするカレンを見て、ルチアがある意味で的を射た発言をしていた。

 

 

 

 

 

虎の間で、最後の亀の間へ繋がる先が行き止まりになった石版を見つけ、ようやく最後だと居残り組もゾロゾロと戦闘メンバーの後に続いて亀の間へ入る。

そこにいた『何か変な気配』の正体、半透明の雅藍は一行を見回して異変に気付いた。

 

「何じゃ、貴様のその面は…?」

「てめえに言われたかねーよとっつぁん坊や」

 

顔の腫れが未だひいていないウルは、丁度見つけた八つ当たり対象に向かって爪を掲げる。

フルボッコだった。

 

 

 

 

その様子を宿禰の泉から見ていた咲は握りこぶしを作って振り回していた。

 

「ああ、もう!蔵人ったら出番取られっ放しじゃない!何やってるのっ!」

 

 

 

 

あのメンツにキャラで勝とうというのがそもそもの間違いってモンです。

頑張れ蔵人。

2008年10月