これも、愛?
帝都・日本橋
日に日に変な人たちの溜まり場と化しつつある公園に、もう見るからに怪しさ満点の、まともな感覚を欠片でも持っている人間だったら近寄る事さえしないような建造物が建った。
それもたった半日で。
勝手に公園を占有して変な興行おっぱじめてしまっているのも十分如何なものか、なのだが、更に屋根より高いおかしな塔まで造っちゃったら、流石にヤバイんじゃないの、ねえ?
夕日を受けて奇妙なシルエットを地面に描き出すその塔を仰ぎ見つつ、ウルはそう思っていた。
全く同じ造詣のリングが延々と積み重なって天まで届けといわんばかりである。リングと言っても、戦闘から日々のお楽しみ(福引)からお買い物まで、ウル達の生活全般に密接に関わっているジャッジメントリングのリングではない。
塔の遥かな高みから哄笑が高らかに響いてくる。
「ぅわあっはっはっはっは!さぁっ!挑戦者よ!ここまで上がってくるがいいっ!!」
我らが熱血変態吸血レスラー貴族、ヨアヒムの心の師であるグラン・ガマ(変態度は勿論師匠クラス)だ。今はリングの塔の頂上にて、挑戦者である弟子のヨアヒムを待ち構えている。
そう、リングとは稲妻が走ったりする白いマットのジャングルな方だ。
塔の一階では、道端で見かけたら有無を言わさずお巡りさんを呼びたくなるような怪人がこっちを見ている。褌一丁はこの際いいとして(認めたわけではないが突っ込んでたらキリがない)、何でカレーを頭に乗っけてんだ。おかしいだろ。
そして頭の痛い事に、あそこには絶対に近付いちゃいけません、と叱られそうなその塔に、むしろ喜々として――というか吸い寄せられるようにリングに上がろうとする男が居た。そいつは、いや、言わなくたって分かってもらえるだろう。
我らが変態熱血吸血貴族レスラー。ヨアヒム・ヴァレンティーナ(400過ぎ)その人である。
何つうか、この日本橋が異界と化した全ての元凶と言っても過言ではない。
というのも、彼の一言が師匠の常に燃え盛るハートにガソリンをぶち込んだからだ。
「俺に『漢祭り』を受けさせて欲しいだら!」
何その祭り?と、ウル達が尋ねる暇も無かった。
師弟の無意味にあっつい、そしてこゆぅい会話というか遣り取りの後、師匠の足元がガシーン!と一段盛り上がった。そのまま、ガシーン!ガシーン!…!…!と、あっという間に聳え立つリングの塔(まさか前もって準備してやがったのか)。
そして今現在、その塔に近付こうとしている我らが(中略)、ヨアヒム。
これ何、もしかして全員参加なの?リングの上で目を輝かせながらこっちを見てるヨアヒムと、未だにこっちを凝視しているカレー怪人の熱視線からは逃れられないと悟ったウルは、取り敢えず遠巻きにこっちを見ているギャラリーに混じって他人の振りをする旅の連れを回収にかかった。
リングの塔1階から、99階までは、タイマンだったりタッグマッチだったり団体戦(3対3)だったり。
基本ヨアヒムの試練だから、タイマンは彼一人がアホみたいなテンションでどんどん突破していく。だが、タッグを組むとなると――
「ウル、出番だっち!」
「俺も出んの?!それ!」
妙にくねるおかしい動きをした怪人と変態吸血鬼の対戦を、半ば他人事のように眺めていたウルは、突然のご指名に遊んでいたブランカの前足を落とした(ブランカは不満そうに唸り声を上げた)。
しかしヨアヒムは拒絶される事など微塵も考えていない顔で小首を傾げる。
「だって、他に誰がいるだら?」
ウルは横目で他の面子を見回した。
このパーティ最大の常識人にしてヒロイン、カレン。
コーネリア命と言いつつしっかり凶器として使用している老人形遣い、ゼペット。
ふわふわ~っとした言動で先が全く読めない天然お色気占い師、ルチア。
そしてパーティの癒し系、最強の狼、ブランカ。
さっきからキラッキラした顔でこの馬鹿らしい戦いを観戦している、自称癒し系でその実荒み系なロシア第4皇女、アナスタシアの隣で、気配を殺してこれ以上関わりあいたくない顔をしているのが日本で拾ったもう一人の常識人、蔵人(信じられないだろうがウルの従弟だ)。
こんな変態臭い戦いに女子供や老人、罪のない動物や親戚を巻き込むのは、流石にヒーローじゃなくても良心が咎める。ウルは腹を括る事にした。
「っだー!わーったよ、俺がやりゃあいいんだろっ!?」
「おおっ、ウルが助っ人なら心強いだら!」
後で絶対、蔵人も巻き込んでやる。
頑張ってくださいね、と正統派美形らしく爽やかな笑顔で自分を送り出した従弟に、ウルは内心でそう誓う。
戦いのゴングが、高らかに響いた。
蔵人を巻き込む、というウルの企みは、そう遠からず実現の運びとなる。
「さあっ、次は3対3の団体戦だらよっ!」
「出番だぜ、蔵人!」
「え。ええっ?!」
どこかイっちゃった顔でギャラリーに向かって手を振るヨアヒムと、その隣でどこか吹っ切れた顔のウルが蔵人の腕を引く。
あからさまに嫌そうな顔は流石にしなかったが、蔵人も常識人。出来れば遠慮したい、という表情を浮かべた。
しかし、
「きゃー!頑張ってぇ、蔵人様ぁv」
「あ、アナスタシアさん…?!ちょ、押さないでくださ…ぅわっ!」
自称『蔵人のフィアンセ(はあと)』、アナスタシアが勢いを付けて蔵人の背をどん、と両手で押した。
「この戦いに見事勝てた暁には、正式に結婚を前提としたお付き合いをだなんて…!アニーの心はもう既に蔵人様、貴方だけのモノですのにっ!」
「あの、アナスタシアさん?誰もそんな事は…一言も…」
薔薇色の頬をした美少女は、夢見る瞳を今は閉ざし、自らが生み出した妄想に身をくねらせている。勿論、蔵人の正当な抗議も聞き入れた様子はない。(彼女の隣では良識ある狼が下らない、とばかりに鼻を鳴らしている)
そして蔵人も遂に、「分かりました、私も日本男児です。申し込まれた試合を引き受けないわけには参りません!」と、完全にこのオカシナ空気に呑み込まれた発言をして、愛用の刀を引き抜いた。
「男って、みんな馬鹿よね~」
その様子を見ていたルチアが、ひらひらと扇で自分を扇ぎつつ、実に真っ当な感想を口にした。
戦いの詳細は、あまりのアレさの為に、割愛させていただく。
ただ言わせてもらうなら、敵は全員カレー、若しくはそれに類するものを頭に乗っけた褌一丁のあらゆる意味で怪人であった、ということ。それと。
最上階に待ち受けていた『アレ』に比べれば、まだ可愛いモノだった、ということ。それだけだ。
♪ ♪ ♪
仲間たちの献身的な犠牲もあってか(というか奴らは本能的に危機を感じてそれ以上の関与を避けたのだ)、何とか日没前に最上階まで辿り着いたヨアヒム、ウル、何故かいるアナスタシア。
ウルは前の階でのカツカレー怪人との戦闘による甚大な精神ダメージを回復しきれず、マットに座り込んでいる。アナスタシアは心なしか瞳をキラキラさせながら、『世紀の対決』を今か今かと待っている。
またしても変態師弟によるノイローゼ(ウル評)な会話が始まった。
いよいよ対決か、とその前に、ヨアヒムが恐る恐る、という風に尋ねた。
「敗者へのペナルティとは、一体何だら?」
その答として師匠の発した言葉に、何故かパリにいる筈のお姉さまによる銃声が重なった。
「(バキューン!)」
「勝ったら?!」
「(バキューン!)(バキューン!)」
「負けたら!?」
「(バキューン!)(バキュバキューン!)」
だが、尋ねたヨアヒム、座り込んだウル、目を輝かせたアナスタシアの3人にはバッチリ聞こえていた。
「まぁっ、本当に男としての尊厳をかけた戦いなのねっ!」
何が嬉しいのか、アナスタシアは喜色満面の笑みで両手を胸元で組み合わせる。
「ヤだ。そんなのヤだ」
今まで散々グロい生き物と拳を交わしてきたはずのウルでさえ、嫌悪を露わに後ずさる。
それとは次元が違うんだって!だってあいつら(バキューン!)ないもん!
尋ねたヨアヒムに至っては、既に何か涙目である。勝っても負けても彼には(バキューン!)しか残らない。流石に怖気づいたか、と思ったが、ヨアヒムはさっと何かを取り出した。
あぁ、あの変態に拍車をかけてる蝶の仮面……アイツも本気だ。
それを装着すると一転、萎えかけていた彼の闘志が再び湧き上がる。何かヤバイ脳内麻薬でも分泌させる作用でもあるんだろうか、あの仮面。
「愛と正義の使者、グラァン・パピヨン!」
いつものようにアホ丸出しの名乗りを上げ、ヨアひ、じゃなかった、グラン・パピヨンは先日カンヌで拾った潜水艦を肩に担いだ。全体的に変態そのままのシルエットだ。
対する彼の師匠もはてな?の仮面を付けた変態5割り増しなので、既に変態ってかは変質者だ。
こうして『世紀の対戦~変態頂上決定戦~』の火蓋が切って落とされることになった。
内容は奇を衒った外見の二人というだけで、割と普通のプロレス興行だった。
恐ろしいのは、その後に起こった一連だ。
激闘の末、辛くも勝利したグラン・パピヨンことヨアヒム。負けたグラン・はてな?ことグラン・ガマはいっそ清々しいほどの満足そうな笑みで、弟子の成長を喜んでいるようだった。
「こんなに素晴らしい戦いの末に、この王者の座を明け渡せる日が来ようとは…」
手にしたはてな?(発音は声を引っくり返して『て』にアクセント)の仮面を、弟子に託す。
戸惑いながらもそれを受け取るヨアヒム(彼はちゃんとはてな?と声をひっくり返して発音した)。感極まった顔の師匠は、未だに戸惑った顔の弟子の肩をがしっと掴む。
「肉体の試練は終わりだ!次は精神の試練だ!」
「へ?」
「二人の愛でもって『漢祭り』を締めくくるのだ!」
既に両肩を掴まれたヨアヒム。迫るグラン・ガマ。
もはや土気色の顔をしたウルと対照的に最高級エステ帰りのような肌つやのアナスタシア。
ヨアヒムの巨体がゆっくりとマットに倒れ込む。覆い被さるグラン・ガマ。
ラスプーチンよりも顔色を悪くしたウルの目の前で、アナスタシアが薔薇色の頬と輝く瞳でうっとりと声を上げた。
「あぁ、これも愛の形なのね!」
「い、いらない。こんな愛いらない」
怯えきったウルは地上100階の高さにいることも忘れて、ロープの外まで逃げるかのように更に後ずさる。(ちょっと落ちかかった)
既にリングの塔から逃げ出していた他の仲間たちは、塔の最上からも響く野太い男の悲鳴を聞いた。
カレンが十字を切る横で、蔵人が両手を合わせて瞑目した。
取り敢えずブランカも彼の種族の流儀に則り、遠吠えを上げておいた。
仮とはいえ、一応吸血鬼にはどっちの宗教が良いのか分からなかったのだ。
♪ ♪ ♪
「ねえ」
「…何だっち」
「あの祭り、どういうモンか知ってたんじゃないの?」
「……最強のレスラーになるために必要な試練だ、って師匠が言ってただら」
「あー、内容までは知らなかったんだ」
「………知ってたら多分、受けようとは…」
「だろうな。ま、何にせよさ、良かったじゃん。最強のレスラーになれてさ」
「うぅ、その前にもっと違うものになる所だったっち…」
「うん。それも良かったじゃん。本番の前に逃げれて」
「敵前逃亡なんて、ヒーロー失格だっち…」
「いやアレ敵とかそんな括りじゃないでしょ。大丈夫だよ、ノーカンだって!だからホラ元気だせよ!な?」
「…お腹空いただら」
「俺も。ホラ帰って皆で飯食いに行こうぜ!あーあ、今日の夕飯は何かなあ!」
「アンタたち、今日の夕飯は蔵人様のお母様が作ってくれた特製カレーよ」
「「っぎゃあああああ!!!?」」
今日この日のことは、カレートラウマ事件として一部の関係者の間で語り継がれたものの、『語られなかった歴史』として日本の歴史の闇に葬られた。
初めて書いたSH話がコレ…なのです。
あぁ、でも本当にキツかった…そして怖かったよう
2008年9月