越後・春日山

 

秋の気配深まる北の地は、まだ秋の入りというのに朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。

前田慶次は春日山城の居候だが、あまりに堂々とそして自然に居座っているし、春日山城の主の側近、直江兼続とも仲が良いので、城勤めの皆さんは半ば放置していた。

 

いざ戦ともなれば役に立つし。何かあったら兼続の責任にすればいいし。

 

 

ある夜、慶次は風呂上りの体が冷えない内に、温かい部屋の中に篭ることに決めた。

その部屋には、書を読んでいる兼続がいた。つまりそこは兼続の部屋だ。

 

「あーいい風呂だったぜ!」

「…慶次よ、それは分かったが何故私の部屋にいるのだ」

 

兼続は流石に書から顔を上げて慶次を見る。慶次は蓬髪をガシガシと布で拭きながら「まぁいいじゃねーか」と笑う。

 

「ってか、今の俺の部屋は寒くてね」

「そうか」

 

それならば人を呼んで火でも熾してもらえばいいだろうとも思ったが、流石に居候の身分を弁えているようで、慶次なりに遠慮しているのだろう。

 

「ならば、私の部屋の炭でも持って行くと良い。お前の部屋にも火鉢があるだろう」

「おっ、悪いね」

 

今は一人で静かに書を読みたい兼続は、部屋の隅に置いてある火鉢を指差した。中には赤く熱した炭が静かに燃えている。慶次はいそいそと部屋の隅へ寄ると、火鉢に挿してある火箸でその中の一つを摘み上げた。

 

「落とすなよ」

「分かってるって」

「炭が足りなければ、後から持って来させるが」

「それには及ばないねぇ…だが」

「?何だ」

 

慶次は悪戯っぽく笑って見せた。

 

「体の外からじゃなくて、内側から温まるモノが欲しいねぇ」

「――承知した」

 

さりげなく酒を所望する慶次に、兼続は頷いた。後で炭と一緒に慶次の部屋へ届けさせようと約束する。

火箸で摘んだ炭を落とさないようにそうっと部屋を出て行こうとする慶次を見送った兼続は、見た。

 

 

慶次の蓬髪が、微妙に後ろへズレている。

 

 

目を擦って、見間違いではないかと兼続はもう一度良く見ようと思ったが、その時には慶次は自分の部屋へと行ってしまっていた。

わざわざ呼び止めて聞くのも憚られる。兼続はそれ以上追求できなかった。

 

 

 

 

 

 

「…と、その様な事が先日にあったのだが」

「ほう」

 

所変わり佐和山城。

所用で大阪へ来ていた兼続は、そのついでに佐和山へと足を伸ばし、石田三成に面会した。

互いの近況や、これからの情勢について意見の交換を終えた後、話の流れが雑談に移り、物のはずみで思い出した兼続が、慶次の蓬髪について話したのだ。

 

「どう思う、三成」

「どうと言われてもだな…見間違いの可能性も捨て切れんのだろう」

「確かに、灯りはあったが日の下で見たわけではないし、それに書の読み過ぎで目が疲れていただけかもしれん」

「…だが、ズレて見えた」

「そうだ」

 

三成も、実は以前から慶次のあの頭には何かあると感じていた。今にも外れそうな、あの見事な蓬髪……

今回の目撃情報は、それを実証する良い機会かもしれない。三成は兼続の目を見た。目が合う。

どうやら、互いの腹の内は同じらしい。

 

「…信じられんな」

「試してみるか?」

 

二人はがしっと手を組んだ。

 

 

 

 

 

 

「一番手っ取り早いのは、やはり慶次本人に聞くことだと思うが」

「その蓬髪は取れますか、と?――ふん、画餅だな」

「それは三成が左近殿に言われた言葉だろう。まさか使ってみたかったのか?」

「…実は少し、な」

「まぁ、中々使う機会の少ない言葉ではあるな。…しかしそう言われれば、慶次だったら答えてくれそうものだが、あれで中々己の内面を明かさない男だ。はぐらかされる恐れもある」

「というか、俺は、お前だったら知っていると思っていたぞ」

「というか、私とて、慶次の全てを知るわけではない。あの頭だって、先日の事がなければ地毛だと思ったままだった」

 

慶次と兼続は仲が良いと言われていても、それほど長い付き合いではない。

もっと仲が良い相手なら、例えばあの雑賀衆の傭兵のように、他にもいるだろう。何も兼続だけが特別ではなく、仲が良い、というのはあくまで相対的評価だ。

 

しかし裏を返せば、慶次と仲の良い人間は他にも大勢いるということで、その分慶次の頭に関して目撃情報も多く集まるかもしれない。

 

「まずは情報集めからといこう」

「そうだな。何においても、知るのと知らないのとでは天地ほどの差が出るからな」

 

こうして兼続は三成と共に、慶次と仲の良い人たちに話を聞きに行く事にした。

執務室から出て行こうとする三成に、控えていた島左近が声を掛ける。

 

「殿、仕事は終えたのでしょうな?」

「愚問だな、左近。そんなもの――」

「終えたのですね?」

「帰ってからやるに決まっている!では行くぞ、兼続!」

「え、ちょ、殿!いつ帰って来るんですか!」

 

仕事こんな溜まってんのに!

 

成り行き上とはいえ、三成がノリノリで出掛けようとするきっかけを作ったのは兼続だ。

書類の束を抱えて悲痛な声を上げる左近に、兼続は申し訳なく思い、声を掛けた。

 

「すまない、左近殿。三成は今日中に帰すので…」

「すまなく思ってるのなら、今スグ殿を返して欲しいのですがねえ?」

「出て行くのは三成の自由意志だ。私は三成のその意思を尊重しようと思う」

「俺の意見は尊重してくれないんですかね」

「先着順だ。悪く思わないでくれ」

「どういう基準ですかそれ」

 

ここ暫くはずっと仕事続きの三成は、何か息抜きを見つけると何においてもまずはそちらを優先してしまう。

先日は幸村殿が来たので、殿のはしゃぎようったらなかったですよ…と、左近はその状況を思い出して虚ろに笑って見せた。兼続も何となくその状況が想像できた。

三成にとっては至福のひと時だったろうが、左近においては地獄のような時間だったのだろう。

 

「幸村も来ていたのか」

「ええ。暫くはこっちの方にいるって言ってましたね」

「そうか――ならば行く先は決まったな」

「あ、しまった…!」

 

左近は珍しく己の失態に舌打ちしそうになった。

何で喋っちまったんだ俺!

そんな情報を聞いたら、兼続と三成が真田幸村の元へ行くのは火を見るより明らかではないか。そしたら三成は今日は絶対帰って来ない。

そんな事分かっていたのに。

ああ、俺の馬鹿…!

 

「三成!幸村はまだ上田に戻っていないそうだな!」

「そうか――ならば行く先は決まったな」

 

遠くで二人の会話が聞こえる。

左近は事態が手遅れになるのを防ぐため、近侍へ「真田屋敷に早馬を飛ばして先回りしろ。殿が長居するようなら即刻連れ出して佐和山に連行するように」と指示を飛ばした。

 

最近耐性が付きつつある左近だった。

 

 

 

 

 

京都にある真田屋敷。

近江の佐和山から馬で来た兼続と三成を、幸村はわざわざ外に待って出迎えた。

 

「我々が来る事は教えてあったか」

「いえ…先ほど島殿から伝令が来まして。そろそろ来る頃かと思いましたので」

「(…左近め、余計な事を)ふん、出迎えご苦労――流石だ幸村」

 

 

 

「それで、どういったご用向きでしょうか」

「ああ、実はな…あまり大した用ではないのだが、慶次の事でな」

「慶次殿が、どうかしたのですか?」

「なぁ、幸村…」

 

兼続は幸村の傍らに立ち、肩をポンと叩いた。三成はずい、と膝を進める。

二人に尋問されるような形になり、幸村は訳も分からずうろたえる。

 

「え、え? 何ですか…?」

 

兼続は意味深そうな笑顔を浮かべた。三成も(うろたえる幸村超可愛い)とか思いながら兼続にあわせて口元を歪める。

 

「慶次の頭の中身、知りたくないか…?」

 

 

「はい!…え、 はい?」

 

 

囁くように言われたその一言に、幸村はやっぱり良く分からないようでうろたえた声を出した。

 

 

 

 

 

「いやあのな、兼続が先日、風呂上りの慶次の頭がズレているように見えたらしくてな」

「慶次殿の頭がズレて…?それでは、死んでしまうのではないでしょうか」

「幸村、何か勘違いしているのではないか。慶次の頭はちゃんと体と繋がっている」

「しかし三成殿は慶次殿の頭がズレていると…つまりこういう事、ですよね」

 

幸村は自分の右手で首、左手で体を模したように重ねると、右手だけを横へズラした。

 

「それではまるで慶次が首を刎ねられたようではないか。私が見たのは、こういう事だ」

 

兼続は自分の右手を握って顔を模し、左手で慶次の蓬髪を模して被せ、後ろへズラした。

 

「そういう事でしたか」

「そういう事だ」

「お前ら、何をジェスチャーやって遊んでおるのだ。俺も混ぜろ」

 

三成も右手と左手で何かやろうと思ったが、結局思い付かなかったようで、右手でチョキを作り、左手でグーを作って重ねた。

 

「かたつむり」

「おお、懐かしいな!…では私はカニを作ろう。見ろ、越後名物の毛ガニだ」

「あ、では私は犬を…わん」

「幸村…可憐だ。待て、写メするからそのまま、だ。折角だし兼続も並んで入れ」

「カニと犬のコラボ…か、良いだろう。さぁ存分に撮れ三成!」

 

三人は暫く影絵遊びをしていて中々本題に入れなかった。

 

 

 

「さて、色々と脱線した気もするが、そろそろ慶次の事について話そうと思う」

「ああ、そういえばそんな事を仰っていましたね」

「そうだ。慶次の頭について…何か知らないか、幸村」

「いえ…残念ながら私は慶次殿の頭に関しては何も…ハズれるなど思いもしませんでした」

「そうか、幸村も知らないか…」

「すいません、何か、お役に立てなかったようで――以前誘われて温泉に行った時に、もう少し注意して見ていれば…」

「今、何て言った。幸村」

 

申し訳なさそうに俯く幸村に、三成はいつになく強い声音で聞き返す。

 

「…?お役に立てなかったようで――」

「其処ではない。もっと後、だ。何か、聞き捨てならん事を聞いたのだが…?」

「?以前に誘われて温泉に…」

 

訝しそうに繰り返す幸村を遮って、三成は声を上げた。

 

「そこだ!」

「はいっ?!」

「温泉だと!?」

「はい!」

「慶次と?!」

「はい!」

「二人きりで?!」

「はい!」

「……!!」

 

三成はいきなりスイッチが切れたようにがくりと膝を折った。顔面は蒼白に強張り、わなわなと震える唇からそのまま思考が垂れ流れ出る。余程、ショックだったようだ。

 

「何て事だ…悪い虫が付かぬようこの俺が細心の注意を払っていたというのに…いつの間にあの傾奇男め…俺の幸村を…しかもよりによってお、おおお温泉だ、だと?し、しかも、ふ…ふふふ二人きり――で…?!」

「三成、今すぐその脳内妄想劇場を止めろ!こちらにまでいかがわしい湯煙電波が来るではないか!」

「…え、でんぱって何ですか湯煙なんですか兼続殿」

 

何やら兼続の目にはピンク色のもやもやした妄想が三成から垂れ流されているのが見えているらしく、嫌そうに札を扇代わりにしてパタパタと空気を祓っている。そして三成の様子が尋常では無い事がかろうじて分かる幸村は、怯えた様子で兼続の後ろへ隠れながらも気になることはちゃんと聞いた。

 

「湯煙と電波は当然、別物だ。そもそも電波とは、一秒間に数百回から数万回という振動が一定の波上周期を繰り返しながらある一方から任意の他方へと直線で進む光、音を含めた現象であり、水蒸気が凝集して目に見える大きさの微小な水の粒子である湯煙とは物理的観念からしても全く異なるものである事が分かると思うが――」

「すみません、分かりません」

「では分かりやすく電波の分類から話すとするか。光は波であり、粒子であるという仮説は知っているな?」

「…兼続殿、あまり時代を無視した発言はそろそろ控えた方がよろしいかと…」

「いや。この前未来に行った時の感動は筆舌に尽くしがたいものがあったでつい、な。何しろニュートリノとかいう質量の無い存在まで、未来の人類は発見していたのだからな」

「すみません、私が悪かったので話を早く進めしょう」

 

幸村と兼続が無駄話をしている間に、三成はどうにか最初のショックから立ち直れたようだった。

 

「俺はこのまま引き下がるわけにはいかない……何としてでも、慶次のヅラを取る!」

「…何やら主旨が変った気がするのだが」

「この際プロセスなどどうでも良い。大事なのは結果だ。たとえヅラでなくとも、蓬髪を剃り落とし、ヅラを被せれば良いのだ」

「三成殿それ怖い!何か怖いです!」

「いや待てよ、それをすれば元がヅラであろうと無かろうと、慶次はヅラになるな?」

「兼続殿までっ?!」

「そういう事だ。ふっ、俺の作戦に狂いは無い!」

「流石だな、三成!」

「え、ええっ?!」

 

 

 

 

 

友人たちの暴走を止められるかどうか良く分からないが、剃刀を準備して慶次の蓬髪を剃りに行く気満々の三成と兼続を止めるため、幸村もその一行に加わる事にした。

馬を引いて真田屋敷を出ようとする三人に、鈴を転がすような声が掛かる。

 

「あらぁ、お三方揃って何してはりますの?」

 

艶やかな着物と傘を差し、はんなりした京言葉で呼び止めるのは、出雲の人攫い――もとい、阿国だ。

クルクルと手の中で傘の軸を回しながら、しゃなりしゃなりと近寄ってくる。

 

「おや、阿国殿。如何致しましたか」

 

幸村がそれに気付いて声を掛け、厄介なのが来たな、という顔をした三成は目を合わせないようにし、兼続は長谷堂での一件を思い出して何とも言えない顔をした。

阿国も幸村と連れ立っている他二人を認め、「あれまぁ」と声を上げた。

 

「相変わらずええ男やわぁ…石田はん。出雲へ来てくれはる気になりました?」

「なるか。失せろ」

「三成、女性に向かってその言い方はないだろう。――またしても断る事になって済まないが、我々は今から慶次の所へ行かねばならない。お相手はまたいずれ致そう」

「あぁ…言う事はええのにお顔が残念なお人なやぁ…」

「――私の記憶違いで無ければ、以前と言っている事が逆な気がするが?」

「そんならこの際、真田はん。ウチと一緒に出雲へ行きましょか?」

「待て、幸村を連れて行くならば兼続にしろ!顔は良いんだろ、顔は!」

「待て、三成!友を売るなど不義だぞ!」

「幸村を護るためだ!その為の犠牲に喜んでなれ!」

「確かに幸村を保護するのは賛成だが、それに私が犠牲になるのは何故か納得がいかんぞ!」

「もう、皆してウチの所へ来ればええんとちゃいますぅ?」

 

 

このまま、日が暮れて二人が慶次の蓬髪の事を忘れてくれれば良いと、幸村は阿国、三成、兼続の三人に三方から引っ張られながらそう考えていた。

が、そうもいかなかった。阿国が思い出してしまったのだ。

 

「そうやわぁ、慶次様をさっきお見掛けしたんよ。確かこっちへ来たと思うんやけど、誰か見てまへんかぁ?」

「慶次が…?いや見ていないが」

「こちらに来ているならば好都合ではないか。我らが出向く手間が省けたというもの」

「(慶次殿逃げてー!)さ、さあ。どこへ行ったのでしょうね」

 

そしてその時向こうから、聞き覚えのある笑い声が――

阿国の顔がぱあっと明るくなる。

 

「慶次様や!」

 

走り出す阿国を、三人も取り敢えず追い掛ける。

角の向こうから、見慣れた巨体ともう一人が歩いてくる。阿国は死角になる位置から走りこみ、上手く相手とぶつかるように突っ込んでいく。

それは、後ろから見ている三人の目には、何処からどう見てもプロの動きにしか見えなかった。

 

どかっ

 

景気の良い音がして、阿国の計算通りに彼女だけが地面へ引っくり返る。倒れる位置も、傘が転がる向きも、全て計算し尽くされている辺りが、女という生き物の恐ろしさを物語る。

 

「いったいわぁ…」

「あ、すまねぇ余所見しててよ…立てるかい?」

 

実際はそうでもないのに、わざと痛そうな声を出す演技派・阿国。

ぶつかられた男の方が申し訳なさそうな声を出して、手を差し伸べている。その手を異様に強い握力でがっしりと掴み、阿国は笑った。

 

「またお会い致しましたなぁ、慶次様」

「アンタ、まだ諦めてなかったのかい?参ったね」

 

阿国の行動は割りとストーカー紛いなのにも関わらず、「参ったね」だけで済ませられる慶次は結構大物だ。

その頃には三人もその一団に追いついている。(何か関わり合いたくなくなったので、ゆっくり来た)

兼続が、顔の大半を陰に沈ませて声を掛けた。

 

「…慶次」

「何だ、揃いも揃って……?何だ幸村、どうしたんd「すいません慶次殿っ!」

 

ごきゃ。

 

人の体が出してはいけない音を出して、慶次の首が半回転した。幸村が、背後から慶次の首を極めたのだ。

白目を剥いて倒れた慶次に三成がいそいそと近付き、懐から剃刀を取り出す。

 

「ふっ…俺の幸村に手を出した罪、其の身を以って思い知るが良い…!」

「…三成、お前の言う通りにやってみたが、どうも最初の主旨から大きく乖離しているようにしか思えんが。これはいつの間にお前の復讐譚になったのだ?…しかも明らかに事実無根の逆恨みだし」

「何すんの石田はん!慶次様、口から泡吹いてはるやないの!真田はんも何でこんな事…!」

「すみません…やらないと今日は帰らないと三成殿に脅されまして……」

 

いきなりの凶行に流石の阿国もうろたえた様子だったが、横からさっと手ぬぐいが差し出される。

 

「大丈夫かい?美しいお嬢さん。さ、これで涙を拭きな」

 

慶次と歩いていた雑賀孫市だ。別に泣いていない阿国は手ぬぐいを受け取ると、まじまじと孫市の顔を見る。

 

「…昔はええ男やったんやろなぁ」

「昔は余計さ。今だって良い男だろ?」

「でも、悪いわぁ、ウチには慶次様がいるのに…」

「過去の男にこだわってると、良い恋なんか出来ないぜ?」

 

失神したままの慶次の蓬髪を剃り落とそうとしている三成の横で、孫市と阿国による新たな恋愛模様が芽生えようとしている。

何なのだろう、この状況。

それは別に、幸村でなくとも抱く感情だ。兼続もどうしたものか、手を付けかねている様子で腕を組み、様子を見ている。やがて口を開いた。

 

「というか、今、慶次が動けないこの状況は好機だと思わないか?」

「へ?あ、あぁ、別に剃らなくても確かめられますよね。是非そうしましょう」

「ああ。やはり、如何に慶次とて、気が付かない間に己の頭が禿げ上がっていては驚くだろうからな」

「理由はそれだけですか?!」

 

「ぅわあぁぁぁぁぁあっ?!!」

 

 

突然三成が悲鳴…?を上げた。話していた兼続、幸村は勿論、阿国、孫市までぎょっとした風に三成を見る。

 

「と、とと取れた!慶次の頭取れた!」

 

三成は慶次の蓬髪を掴んで立ち上がった。確かに蓬髪は三成の手からぶら下がり、その下に慶次の本体は付随していない。

 

「頭が!兼続殿、どうしましょう、慶次殿の頭が取れてしまいました!」

「どうしよう兼続!俺、慶次の頭を取ってしまった!」

「落ち着け三成、幸村。取れたのは慶次の蓬髪だけだ」

「え…?」

「あ、本当だ。通りで人の頭にしては軽いと…」

 

実際、成人男性の頭だけでも3kg以上の重さがある。それをどうして三成が体験として知っているかは今はさておいて。三成と幸村はしげしげと慶次の蓬髪を眺めている。

 

「しかし良く出来たカツラだ。何の毛で出来ているのだろう」

「ええ。しかも何を使ってこの色に染めたのでしょうな…」

 

二人はカツラに夢中だ。

兼続はその隙にこっそりと慶次を見る。

今、蓬髪は無い。誰も見た事がない慶次の頭は日の下に晒されている筈だ。

 

しかし

 

「何だと――!」

 

さすがの兼続も息を呑む。

それは予想していなかったといえば予想外だが、というのもそれは、予想の範囲内ど真ん中すぎて考えるに値しない答だったからだ。

 

 

慶次の蓬髪の下には、全く同じ髪型が存在していた。

ただ、一回り小さくなったか、どうかという大変微妙な違いはあるが、そんなもの誰も分かるわけがない。

 

「一体、どういう構造をしているのだ…?」

「そのままじゃないか。慶次の頭は、二重構造なんだよ」

「皆さん、もうご存知やと思ってましたわぁ」

 

孫市と阿国は何やら事情を知っているようだが、兼続が何か問いたげな顔をしているのを見て「ま、俺らの口からは言えねーよな?」「そうやなぁ」と言い合うだけだった。

 

「ま、後で慶次に聞いてみろよ。多分答えてくれるから」

 

孫市はそう言った。

 

「でも慶次様、目ぇ覚ましてへんよ…?」

 

阿国の言うとおり、さっきから慶次は倒れたままだった。

 

 

 

 

 

 

場所は再び越後、春日山城の兼続の部屋。

慶次は兼続と酒を飲みながら話していた。因みにその酒は、幸村が慶次にお詫びの品として贈ったものだ。

 

「いやー幸村が俺の後ろに立ってたところまでは覚えてたんだけど、俺が寝てる間にそんな事がねぇ」

「すまなかったな。しかし、寝ていただけとは…」

「ま、結局無事だったし、旨い酒も飲めたから良しとするかねえ!」

 

あれから、首を刺激しないように慶次を真田屋敷へ運んだり(かなりの重労働だった)、医師を呼んだりと慌しかったのだが、慶次は思ったより重態ではなかった。

気を失っていたのは確かだが、そのまま寝ていた、というのは正直どうなのだろうとも兼続は思うが、大事に至らなかっただけで良しとしようと思う。

 

「それで、何故頭が二重構造なのだ?」

「あぁ、何かそうした方が傾いてるだろ?」

「それだけなのか?」

「色々試したんだがよ、これが一番良かったんだよなぁ」

「何が?!何が良かったのだ、というか、今までに何を試していたのだ…!」

「アンタも何か試してみなよ!普通じゃ詰まんないぜえ?」

「私に一体何を試せと…?」

 

 

 

慶次は頭に関して話すことは全部だとばかりに、これ以上は何も言わなかった。

彼が去った部屋で一人、兼続は様々な謎が渦巻いて寝る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

終始一貫ギャグを保つのは難しい。

そして色々な方向に目覚めた人たち。

阿国さんの京言葉はこんなんじゃない!と思いましたら、ごめんなさい。

孫市のキャラが良く分からないよ…。

でも慶次のあの頭って、絶対取れると思うんだ!