豪奢な内装の天守閣には緊張と、それ以上の悲壮感が漂っていた。
(ここは大阪城…?なぜ殿がいない…)
十字槍を抱くように持った真田幸村は、少しやつれたように見える。鮮やかな赤の鎧のせいで、暗く沈んだ顔が余計に陰を濃くしていた。
(幸村?なぜ武装などしているのだ…?)
「ここが落ちるのも時間の問題です」
「…豊臣の世も、もはやこれまでか…」
幸村が話しかけた相手は、立派な具足を身に付けた、人目で大将格と分かるまだ若い男だった。
「秀頼様、もしもの時は、お覚悟を」
「ああ……」
(秀頼様…?豊臣の世が終わるなど、これはやはり夢か)
階下で騒ぎが起こったらしい、幸村は、憔悴していてもやはり武人である。槍を構えて豊臣秀頼の前に立った。
天守閣に押し寄せるのは、徳川の兵士たちだった。ここへ来る前に戦場を駆け抜けてきたような風情で、血と泥に塗れたその姿は正に悪鬼の集団。
(…!?あの狸の差し金か!)
「秀頼様には近寄らせないぞ!」
並みの武人であれば、この状況で槍を振るう前に討ち死にを遂げても不思議ではない。しかし幸村は鬼神の如き活躍で、迫る徳川兵を退けていた。
しかし、彼の他には僅かな手勢しか秀頼を護る者はいない。幸村と秀頼は天守の隅へと追い詰められて行く。
敵の猛攻を悉く退けてきた幸村の槍に、遂に限界がきた。
折れた槍はもう振るう事も出来ない。
もはやここまでか、覚悟を決める幸村と秀頼に、敵の刃が迫る――
「幸村っ!!」
石田三成は、そこで目を覚ました。
「――とまぁ、そんな夢を見たのだよ」
「はぁ…」
世の中は、豊臣の力が全国に行き渡り、仮初にも泰平の時代が訪れていた。
水面下では未だ、徳川が何やら画策しているようだが、太閤が健在の今は何も出来ないだろう。
暫く戦もないので、割と暇な佐和山にて、三成は遊びに来た直江兼続と幸村に、明け方見た夢の話をした。
尤も細かい部分は忘れたので、『大阪城で徳川軍に幸村が殺された』といった程度に端折ったが。
「その夢に、私はいなかったのか?」
兼続は、珍しく話を聞いていたと思っていたのに、やはり兼続だった。幸村も首を傾げる。
「そのような窮地に、三人が揃っていないのも妙な話ですな」
「仕方あるまい、所詮は夢なのだ。常と違う事だってあるだろう」
三成とて、その場に居合わせたというよりは、ただ傍観しているだけのような感じだったのだ。
「常と…な。つまり三成は、我らがこうして一堂に会するのを常だと?」
兼続が、まんざらでもなさそうな顔をして聞いてくる。普段、散々義だの愛だのを軽んじる発言を繰り返す三成から、友情の片鱗を覗かせる言葉が出たのが嬉しいのだろう。
「ただの言葉の意味だ」
「照れていても分かるぞ!お前の中にある義がな!」
「流石ですね!」
「幸村、兼続のソレは単に電波だ」
「ふふ、三成にだってあるだろう、電波の送受信装置が」
「コレは断じて違う!てゆうかお前認めるのか?!」
「我らは電波と電波で繋がりあうのだ!これぞ愛!」
「そんな愛は心底信じられんな」
「試してみるか?」
「いや、いい」
「あの…私はそのでんぱとやらが分からないのですが…」
「分からないお前は正常だ、間違っていないのだよ、幸村」
「そ、そうですか?しかし私だけ仲間外れな感じがします」
「外れているのは兼続だけだ」
「そうだ!誾千代殿も、お前と似たようなモノを身に着けていたな…そう言えばあの人も雷属性…電波くらい飛ばせるかも知れん!」
「兼続!やめろ、あの人を巻き込むな!!」
九州がある方角に、何やら思念を飛ばそうと頑張る兼続と、何故か必死になってイカの腹っぽい兜を押さえる三成。(アレで電波を飛ばすと思っている)
しかし、兼続は三成を後頭部にぶら下げたまま九州がある方角に向かって喋り出した。
「ア、アア、アーこちら佐和山の直江山城守兼続―応答を願いますドウゾー」
「ぅわあ本気で交信始めてやがるぞこのイカ!早く止めろ!」
「……?む、ふむ。成る程…今島津と交戦中?それは失礼した。ではまたいずれ――」
「…?!誾千代も出来てんのかよ、ソレ!やめてくれ、これ以上俺の中の誾千代を汚すな!!」
「ははは、今誾千代殿は島津殿と囲碁の勝負中だそうだ。仲が良い事で結構だな!」
「何が結構なものか!」
柄にも無く、声を荒げ、兼続に食って掛かる三成。笑うだけで全く取り合わない兼続。
割と忘れ去られた感のある幸村は、所在なく、部屋の隅に座って終わるのを待っていた。
誾千代との交信も終え、満足そうな兼続は、お茶を飲み干す。(また幸村には出されていない)
「ああ、そうだ。三成、詫びといっては何だが、今度の札は凄いぞ」
「詫びるならば俺ではなく、誾千代にしろ。そして俺には誠心誠意謝れ」
「この前の札の効力は過去のみだったが、今度の札は未来へも行けるのだ!そう改良した。
――ふ、この戦乱の世が明けた後には、どのような時代が待っているのだろうな…?」
「格好よく言って誤魔化そうという魂胆か、兼続」
「それにな、お前の見た夢とやらを今一度考え直してみるとだな、どうも現実の事のような気がするのだ」
「?アレは夢だ。現実ではない」
「何も、今現在のみが現実とは限らないだろう?お前が見たのは、未来の現実かもしれん。
そこで!この札の登場だ!」
結局それが言いたかっただけに違いない兼続が、懐から札を取り出して見せた。三成はやや半眼でそれを睨む。
「…今までの俺の言葉は全無視か…?」
「細かい事にこだわるな、三成。というわけでちょっと未来へ行ってみないか?」
新しく改良した札の効力を試そうとする兼続の目は、水揚げされたばかりのイカのように輝いている。三成は助けを求める相手を部屋の隅々まで目で探して、遂に眠気を催したのかうつらうつらしている幸村を見つけた。
「幸村!!」
「は、はいっ?!」
敵ですかお館様!がばっと立ち上がって持っていない槍を構える幸村に、三成は手にしていた扇を投げ付けた。
「寝ぼける暇があるならば、俺を助けろ!」
「分かりました!」
扇が当たった額が赤くなっていたが、どうせそこは普段鉢巻が隠すのだから別に良いだろう、と三成は自己弁護を終了させる。幸村は深く考えていない様子で、三成の傍まで寄ってきた。
その幸村に兼続がちょいちょいと手招きする。
「何でしょうか?」
「幸村、これから三成は未来のお前を助けに行こうとしているのだ。それを応援してやるのが友、ではないか?」
「兼続お前、何を勝手な…!」
「三成殿が私のために…?何と!それは真でしょうか三成殿!」
純粋無垢、を一人の男の形に具体化させたような幸村の目が、三成を恥ずかしげも無く真っ直ぐに見つめてくる。それを直視出来ない俺は相当汚れているな…と三成は今更な事を自覚する。
勿論、本当は見つめ返してやりたい。今すぐにでも。
「あ、あぁ…まぁ、お前は友、だしな。友の危機ならば、助けに行ってやらんでも、ない」
「三成殿…!」
「お前ならばいってくれると信じていたぞ、三成!」
視線を思いっきり外しているのは、幸村の信頼100%な眼差しが正直眩しすぎるのも一因だが、それより何より、勝ち誇るイカの顔を見たくないからだった。
「未来の友を窮地から救い出す――これぞ正に義、だな!」
「義、ですね!」
ギー、ギー!!(兼続の鳴き声に幸村もつられた)
三成は何でこんな展開に陥るのだ…と頭を抑えながら立ち上がった。
「これより支度する。馬と護衛を連れて来い」
馬に跨った三成は、ふと思い出した事を兼続に告げる。
「そういえば、幸村がいたのは天守の中であったぞ。流石に馬を乗り入れるのは不味くないか?」
「…成る程そう言われるとそうだな。では馬は別に、城の外へ飛ばしておこう」
「そのような事まで出来るとは、流石に改良しただけありますね!」
「ははは、もっと褒めてくれても構わんぞ!」
「――やるならばさっさとやらんか。そんなのは俺がいなくなった後ででも別に構わんだろう?」
「嫉妬か、可愛いな三成は!」
「俺が無事、未来より戻った暁には、覚えておけよイカぁ…!」
むしろ今すぐ馬から下りて掴みかかりに行こうとする三成に、兼続は素早く札を構えて呪文を唱えた。
「オンベンギリギリナンタラソワカ!」
札が三成(+馬)の周囲を高速で旋回する。怪しげな模様の上に立つ三成(+馬)の姿が歪んで見えた。
そのまま縦方向に無限大に引き伸ばされた三成(+馬)は、ひゅうん!と軽い音を残して虚空へ消えた。
「三成殿、大丈夫でしょうか…?」
「何、未来の私が言っていたが、無事どころか大暴れしていたらしいからな。問題ないだろう」
「えっ?」
そして三成は、秀吉亡き後の大阪城へ来ていた。
あの泰平の時代から何がどう、事態が動いたのか、過去の存在である三成には分からない。しかし、その時既に、豊臣の世は終焉を迎えようとしていた。それだけは分かった。
天守閣で秀頼と幸村が深刻そうにこれからを話し合っている。三成はそうっと幸村の背後へ回った。
「俺のいぬ間に何の相談だ、幸村」
「…っ!三成殿!?」
死んだ人間が生き返ったって、こんな顔はしないだろう。幸村は眼球が零れ落ちそうなくらいに目を大きく見開いて、三成を見返す。
「三成殿…」
「何だ、俺がいてはおかしいか?」
「これは、私が見ているのは、夢か幻なのでしょうか…?」
「わ、わたしにも見えますよ幸村殿!」
秀頼も、しきりに目をこすって瞬きを繰り返している。二人の反応のおかしさに、三成は扇を顎に当てた。
「俺は夢でも、ましてや幻でもないぞ」
「しかし三成殿は関ヶ原で…!」
その後の言葉を幸村は気まずい顔をして飲み込んだ。その様子に、三成は何となく予想が付く。
(成る程、俺はどうやら、この時には既に『いない』のだな。気に食わんが…仕方あるまい)
わざとらしく、三成は咳払いをする。
「ふん、お前が不甲斐ないのでな…!こうして戻ってきたのだ。今はそう、守護霊という奴だ!」
兼続が酔っ払った時に言ってたそれっぽい言葉を使ってみる。幸村の顔が見ていて分かるほどに明るくなった。
「それは…っ!そうでしたか!」
「そうそう、そうなのだよ」
三成自身も、守護霊という単語がこれほど説得力のある単語だとは思っていなかった。感激して言葉が上手く出てこない幸村に適当に合わせる。
「三成殿がいてくれれば、それだけで百人力です!これより我らは東軍の本陣へ総攻撃を仕掛けに参ろうとしていたのですが。三成殿は如何しますか?」
「…知れたことを。お前が行くのならば、俺は何処へでもついて行こう」
「はい!参りましょう、三成殿!」
捉え様によっては結構すごい事を言い放つ三成に、幸村は先ほどまでの深刻さをすっかり忘れ去ったようだ。敵本陣に総攻撃、と言っている時点で状況は芳しくないだろうに、もはや勝ち戦をしに行くかの風情である。
味方の士気を上げて、負け戦の悲壮感を払拭する。敵の数が倍ならば、自分たちは倍の数の敵を倒せば勝てるのだ。
状況的不利を覆すのに、これ以上の上策はない。
三成は、鬨の声を上げる幸村の背を見ながら、広げた扇の陰でひっそりと笑った。
幸村は、出陣の掛け声を上げるために一度三成へ背を向けて、滲んだ視界を手甲で拭った。
(この俺が、わざわざ過去より出向いたのだ。負け戦になどするものか)
(初めは三成殿が迎えに来たかと思ったが、この戦を勝ちに導いて下さるのだ)
幸村の上げた鬨の声が、階下で徳川勢を押し留めていた西軍の生き残りたちにも伝わる。
この絶望的な状況で、強力な援軍が現れたとでも言うのだろうか。訝しむ暇も無く、赤い装束の武者が槍を振るいながら天守より駆け下りてきた。あっという間に敵を蹴散らして城の外へ飛び出していく赤の背後、残った敵の追撃を阻止するかのように派手な身なりの男が扇を手に残党を片付けていく。
その扇の捌き方、何よりその派手な格好。見覚えのあるものは大勢いた。
「あれは…治部少輔殿…?」
「まさか、あれは幻であろう」
「左衛門佐様がかつての様な戦ぶりをしているので、見えたのに違いない」
「この戦が、いよいよ最後となる報せだ」
西軍しかいなくなった大阪城内では、ほぼ一瞬で窮地を脱した西軍の将も兵も、今見えた幻について話し合っていた。
城内にも敵が多くいたが、敷地内にはもっと敵がいた。
大阪城は、四方八方を敵に囲まれて篭城状態だったのだ。
しかし幸村が槍を振るいながら進めば、後には殆ど残党しか残らない。何故、こんなにも強い男が、城の天辺で縮こまっていたのだろう。扇で残党を薙ぎ倒しながら、三成は堀の周囲を走る幸村の後を追う。たまに苦戦する武将がいれば、協力してそれを倒す。いずれにせよ、状況はそこまで悲観すべきものではないと思えた。
城門の付近で、押し入る敵を食い止めていた宮本武蔵の言葉を聞くまでは。
「関が原で石田三成が討ち死にし、その上、主家を護るために直江兼続までもが東軍に下った…幸村は全てを失った。今、その兼続が大阪城を攻め入る東軍に加担している。かつての友と戦うのは、辛いだろうn「今の話、本当か宮本武蔵」
「ってぅわああ!石田三成出た!?本物?!」
「ふん、俺はこの世に一人のみだ。それ以上いてたまるか。それで、幸村は全てを失った?あのイカが狸に身売りした?嘘と出鱈目も大概にせんと、あの変態人斬りに貴様を売り渡すぞ」
「こ、小次郎は関係ないだろうがっ!お、俺は聞いた話を忘れないように復唱してただけだ!」
「ほう、誰から聞いたのだ?」
「いや、結構噂になってるし、現に直江兼続は大阪城の西を護る真田丸を占拠している」
「…あのイカ、俺の幸村に手ェ出したら承知しないどころかそのまま炙って裂いて酒の肴にしてやる!はらわた洗って待ってろイカめぇええ!」
「それ人間に対する言葉だよな?!普通に海のイカにしか聞こえねえよ!」
しかも俺の、って何だ!幸村は幸村自身のものだろうが!
しごく真っ当なことを言う武蔵だが、三成はもう聞いていなかった。
怒涛の勢いで大筒を破壊し、(視界の隅に幸村がいた気もするがまぁ良い)そのまま天守へ攻め入ろうとする稲姫と伊達政宗を撃破した。(やっぱりそこに幸村がいた気もする)
完全に視野狭窄気味の三成だが、幸村の嬉しそうな声で我に返った。
「三成殿!何か凄いものが見付かったそうですよ!」
「それは俺とお前の愛の証か何かか?」
我に返っても、冷静さと理性は返ってこなかった。
「…いえ、それでは無いと思います」
「何だ詰まらん。で、何が見付かったというのだ」
何故か怯えた様子の幸村は、見付かったのが武器のようだとだけ告げた。荷解きして改める暇は今は無い。
「ふん!何が見付かったにせよ、今はこの状況を打破し、あの徳川の古狸を根絶やしにするのが先だ。それに構う時間は無いぞ」
「そ…そうですね!その為に、私に考えがあるのですが」
「何だ、言ってみろ」
「真田丸を奪い返し、攻撃の要にするのです。兼続殿がそこにいるはずなので、説得して西軍に戻ってもらいましょう!」
「言って聞く相手か?幸村。ここは戦場だぞ」
「――そうなった場合、友として、私は兼続殿と戦います。いずれにせよ、真田丸を落とさねば、西軍は防御に徹したままで、攻撃へ転ずるのは難しいでしょうから」
武働きが目立つのでつい忘れられがちだが、幸村は戦略家の血筋の人間だ。その頭も無闇に槍を振るうためだけには付いていないという事だ。
「お前にしては良く考えたな。よし、行くぞ幸村!」
「はい!」
褒めてるのか貶してるのか、微妙な三成の後に続いて、幸村も走り出した。
真田丸へ到着する前に、三成が原因不明の癇癪を起こして堀へダイブして幸村を慌てさせたり(理由は武蔵と幸村が仲良くしてたとかそんなんだった)、幸村が道を思いっきり間違えて敵に囲まれたりしながら、どうにか真田丸に着いた。
「何故大阪城で道に迷うのだ!」
「すみませんっ!でもここ広くて…!」
「…西軍が負けた理由が何か分かったぞ、俺は…」
真田丸にて布陣していた兼続は、むしろ二人を待ち構えていた様子にも見えた。
「良く来たな!というか来なさ過ぎて私を忘れたかと思ったぞ!」
「…兼続殿、確か無口になったとか聞きましたが…?」
「か~ね~つ~ぐ~主家と俺たちと、どっちが大事かと聞かれたらきっぱりと俺たちだろうが!」
裏切ったと聞いていた三成は、何を置いてもまず、兼続に喰って掛かる事を忘れなかった。
しかし兼続も慣れた様子で三成を引き剥がす。
「ふッ…相変わらずだな三成。というか過去から来てるから当たり前か。
あれから色々あったのだ。お前がいないのに、どうして義の世を築ける?」
「…そうか!俺がいなくては何も出来んとは言うようになったな、兼続!」
「はっはっは。何も出来んとは酷いな、こうして東軍に下るなんて芸当、普通は無理だぞ?」
「それもそうだな!」
「あ、れ?三成殿、まさか兼続殿に洗脳されてる…?」
三成が死んでから、こんな会話はもう聞けないと思っていた。敵となった兼続とは疎遠になったし、友と呼べるのものは幸村の傍からみんないなくなってしまった。
しかし三成は過去から来てくれたようだし(守護霊ではなかった)、兼続とは戦をしなくても済みそうだ。かつての三人が、奇跡のようにここに蘇ったのだ。
兼続はふむ、と腕を組んだ。
「こうして友が一堂に会したのだ。ここで一戦交えるなど不義!よって真田丸は西軍にお返ししよう」
「あ、ありがとうございます兼続殿!」
「今ならこの私もついてくるぞ。どうだ、嬉しいだろう幸村!」
「はい!嬉しいです、私も兼続殿とは槍を交えたくなかった…」
「お前の槍を受けては、流石にこの身が持たんからなぁ」
「ははは、兼続殿も面白い事を言いますな!」
こうして、兼続は西軍に出戻った。
上杉配下の直江が西に寝返った上に、大阪城の攻撃要点である真田丸まで西軍のものになった。それまで圧倒的有利だった東軍にも暗雲が忍び寄ってくる。
反対に、西軍は勢いづいてきた。
どこかから馬を調達してきた幸村は、手にした槍を高く掲げる。
「一気に敵本陣へ攻め入るぞ!!」
戦開始直前の、悲壮感から来る最後の抵抗とは正反対の総攻撃。勝ち戦を手にするための策として、幸村は敵本陣へ馬を走らせる。
三成と兼続もその後を走って追う。
「…馬を、どこかに置いて来た…!」
「過去から来たのなら、城から出てすぐの所に待たせてあっただろう。何故乗って来なかった?」
「馬に乗る暇も無く幸村と城中駆け回ったのだよ!」
「楽しそうで良かったではないか!幸村と二人きりだったのだろう?」
「…ふん、まぁそういう捉え方も出来るな」
そう言われれば、そうだ。敵を薙ぎ倒しながら進んだ事さえ除けば、あれは立派なデートだ。
もっと手とか繋いどけば良かったな…
三成が変な方向に思考を飛ばす前に、何とか敵本陣に着いた。
丁度、幸村が馬上から突き入れた槍を、徳川家康が受け止める場面だった。
「徳川家康!その首頂戴いたす!」
「今更何を!」
馬を乗り捨てて家康と打ち合う幸村に、三成と兼続も加勢する。
家康は、三成の姿に気付いた。
「お主は…!関ヶ原で果てたはずじゃろう!?」
「貴様を屠るまでは成仏出来んのだよ!」
「ええい、化け狐になる前に早う去ね!」
「古狸がいつまでものさばっては、義の世は訪れんのだ!」
図らずも、狐と狸の殴り合いと化した敵本陣。(化かし合い、ではないのでしょうか。と幸村がずれた事を喋った)
互いの武器も折れ、もはや素手のみで殴りあう激闘の末、若さの勝利か、狐が勝った。
「良かろう、重き荷、お主らに託そう…」
重々しく呟いて、地面へ倒れた狸の散り際は、敵ながら天晴れと言う他無かった。
敗走する東軍を、立場が逆転した西軍が追撃する。兼続もその追討部隊に加わったのか、今ここに姿は無い。
だが幸村は一人、大阪城内へ向かった。
倒すべき相手がまだ一人、残っているからだ。
走り出す赤い姿を、三成も当然のように追う。
幸村を待ち構えていたのは、前田慶次だった。
武田が滅んだ原因である長篠の戦いで、命を落とすはずだった幸村を救ったのが慶次だと、三成も聞いている。生きる意味を失いかけていた幸村を、再び立ち上がらせたのも。
何度か共に肩を並べて戦う事はあっても、こうして向かい合って武器を交えるのは初めてだ。
が。
「おっと、アンタは邪魔しねえでくれよな」
慶次が三成に釘を刺す。幸村も、申し訳なさそうな顔で、三成を見ていた。
仕方なく、扇を下げて戦う意思なしを相手に伝えた三成は、ふと気になって慶次に聞いた。
「貴様、俺がいるのに驚かないのか」
慶次は傾奇者に似つかわしくないほど、達観した笑みを浮かべる。
「兼続とつるんでりゃあ、何かと起こるさ」
「…成る程な」
「ま、アンタにはこの死合いの行く末、見守っててもらおうか。
――さあ、行くぜぇ!」
「応!」
松風から降りた慶次と、幸村が、互いの息の根を止めようとする勢いで獲物を振り、相手へ打ち掛かる。
その松風の手綱を取って、鼻面を撫でてやりながら(この馬は主人に似なくて従順だ)、三成はこの『最後の戦い』を見ていた。
しかし、幸村に吹っ飛ばされた慶次がこちらに向かって倒れこんでくるのを見ると、つい扇を持つ手が動いてしまう。これは不可抗力という奴なのだよ、と三成は自己弁護を勝手に終了させた。
バチーン!
前田慶次 撃破!
「あ、済まん」
「邪魔しねえでくれって言ったのによぉ…」
「だから済まなかったと言っている」
その態度の何処がだよ、と傾奇者の大男は地面にそのまま倒れた。
「お、お見事です、三成殿…」
「ま、まあ俺にかかればざっとこんなものだ。は、はは、は…!」
本当に、邪魔してはいけない戦いだったぽいのは、三成も良く分かっていた。でもここは笑っておくしかないだろう。
そして、そこで札の効力が切れた。
三成の体が薄く、背景に溶けて行く。幸村が姿勢を正して、真っ直ぐに三成を見つめてくる。
「戻られるのですね、三成殿」
「あぁ…そのようだ」
「兼続殿にお別れは」
「あいつはいつの時代にもいるだろう、今更だからこのまま帰るとする」
「三成殿!」
その時には、三成の体は殆ど背景と同化して、良く目を凝らさないと見えないほどだった。それは三成にも同じ事だった。幸村の姿が殆ど霞んでしまっている。
それでも、幸村が笑いながら涙を流すのを三成は見た。
「お会いできて、大変嬉しゅうございました」
「あぁ――」
俺は過去に戻れば幸村、兼続、皆に会える。
だがこの幸村は…この先ずっと、俺にはもう会えんのだ。
その想いだけを残して、三成はその時代から消え去った。
「しかし、今よくよく考えてみると、あの時代にも兼続が生きているわけだし、それにこの時代の兼続だって未来へ行けるのだから、幸村だって別段あの時に俺と今生の別れをしなくても良かったのではないか?」
「あの、それを今の私に言われても、どうしようもないと思います」
戻った三成は、まずイカ頭を一発扇ではたいて「この裏切り者!」と叫んでから幸村に絡んだ。
兼続は「未来の不義に今の私が殴られるのは納得がいかん!」と怪しげな札を三成の部屋の至る所に貼り出した。何の効果があるか分からない札だらけの部屋は、怖い。
幸村も、三成の明らかな言い掛かりに反論するが、三成は議論をする時の目付きで幸村を睨んだ。その目も結構、怖い。
「貴様は、俺がこうして未来で活躍するのを忘れて悲嘆に暮れていたのだぞ?せめて俺が活躍する事くらい、その時まで頭に留めて置け!」
「そんな無茶な!」
「それが嫌なら責任とって俺のものになれ、幸村」
「三成!勝手に幸村の所有を独り占めするなど、不義だぞ!」
「全ては、ふッ…利だ!」
「義ではないのですか?!」
今日も佐和山は平和です。と、三人がいる部屋の隣の隣の部屋で書き物をしていても騒ぎが聞こえてくる島左近が、書き物(日記)の最後にそう記した。
最後に無理矢理ギャグ。
物凄く捏造・真田幸村の最終章。
やっぱり義トリオはいいね!
武蔵のキャラを間違えたとは思わない。
その代わりに三成のキャラを大きく間違えた。
オチ担当左近の出番は最後だけ。