立花誾千代は、女として生まれ、

       男として育ち、

       城主として生きてきた。

 

苛烈にして典雅、触れればその身を焦がし切り裂くほどに容赦が無いと知りつつも、見る者を魅了する。

正に雷のような人物。

 

 

「俺は、恋に落ちたのだ、左近」

 

悪い病気に罹ったか、熱に浮かされているとしか思えない殿の言葉に、島左近は飲んでいた茶が気管に入ってむせた。

 

「げほっ、ごほん!――何を言ってんですか」

「先の九州討伐の折、俺たちは運命的な出会いを果たした…」

 

石田三成は、物憂げな表情の中にも情熱を含んだ声音で、脇息に持たれて扇を弄ぶ。

 

「…はあ、」

「人は、恋に落ちると雷に打たれたような、と表現するだろう」

「ええ、こうビビっと、ってえ奴ですよね」

「あの時の俺は、正にそれだった」

 

左近も随行しているから知っている。そして忘れもしていない。

 

三成が自称『恋に落ちた』相手が誰か。

立花誾千代。島津を叩く際、九州北部の大名として、三成たち豊臣軍に加担した女城主だ。

因みに左近は、三成が自称『恋に落ちた』瞬間も見ている。

 

 

誾千代が放った雷撃に、敵と一緒に巻き込まれて見事なアフロヘアーになった殿を。

 

 

あれを恋、と言い切るのだから、三成の恋愛偏差値は相当低い水準のままなのだろうと推測される。普通、あれは事故だ。だが左近の殿は普通じゃなかった。

雷に打たれてからの三成の行動は、ちょっとおかしかったが、雷の後遺症か何かだと思っていたのでさして重症視していなかったが、思ったより症状は深刻だ。

戦場で誾千代の後をひたすら追い掛け回し、かといって肩を並べて戦うでもなく、ただただ、後をつけている。移動速度を合わせるためにか、わざと馬を乗り捨てて自分の足で追いかけていた。

左近は認めたくなかったが、内心では三成をこう諭していた。

 

 

殿、それはストーカーっていうんですぜ。

 

 

しかし当の誾千代本人は、因縁の相手である島津義弘との決着を付けんが為に、ただ後をつけて来る男の事など眼中に無い様子で戦場を駆けていたが。

その為に左近もわざわざ誾千代へ「ウチの殿がご迷惑おかけしまして」などと言うつもりは無い。何故なら誾千代は迷惑など蒙っていないからだ。むしろ三成が予定と違う行動ばかり取るのだから、迷惑を蒙ったのは豊臣軍だろう。

 

何より一番の被害は、左近であった。

 

 

誾千代は苛烈な人間だが、武士としての情も知る。優れた武働きをした者への賞賛も惜しまない。

 

「良将は、優れた兵でもあるのだな」

 

敵に対する容赦が一片も混じらない声とは別の、普段は隠している『女』の部分が垣間見えるほどの優しい声で、誾千代が左近を褒めた時。左近の背に刃を突き立てられたような鋭く冷たい視線が刺さった。実際、鋭利な刃物が刺さったような痛みすら錯覚した。

敵の殺気もこれほどではないだろう、左近が振り向くとそこには三成しかいなかった。

一撃必殺の威力を誇る扇で口元を隠しているが、その目が何より雄弁に物語る。

 

 

何故、誾千代はこの俺ではなく貴様を褒め称えるのだ?

 

 

あれは人間の目ではなかった。

正直、殿にあれほど恐怖した事はない。

左近は思い出すだけで今も手に震えが起こると言う。

 

 

普段の左近なら、いや俺があの立花の領主と仲良いのに嫉妬してんですか、可愛いですねぇなどと軽口の一つも出ただろうが、とてもとても、そんな事を考えることすら出来ない空気を、三成は発散させていた。それは嫉妬、などという言葉では温すぎる。

誾千代と関わればその分自分の身に危険が及ぶと判断し、左近は出来る限り誾千代を避けた。

しかしここは目的を同じくする戦場で、当然行き先も同じなわけで、とすると協力しないといけないわけで…そうすると誾千代とも一緒に行動するわけで。言葉も交わしたりして…

 

 

その様子を見ていた三成の手の中で、扇が音を立てて真っ二つにへし折れた。

本多忠勝の豪槍を受けても尚、折れなかった扇が、簡単に折れた。

その時、敵味方共に三成の周囲からは誰もいなくなっていた。

 

 

何故だ、何故、俺ではなく左近なのだ…!

 

 

自称『恋に落ちた』男は、早くも出現した恋のライバルに、早速敵愾心を燃やし始めた。

それで盛り上がっているのは本人だけだと知らずに…

そして左近の苦労と受難は続いてゆくが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

かろうじてギャグ?

まさかの三角関係と思いきや、単なる直線関係。

誾千代←三成←左近。

誾千代←三成は、「これはまさか…恋?!」。

三成←左近は、「放置したら俺が死ぬ」。

これ以降、三成は左近に対する扱いのグレードを下げていきます。

耐えて左近。