「ドラマのような恋がしたいのだ!」
部屋に入るなり、石田三成はそう言い放った。
「お前な…いい加減、目を覚ませ?」
直江兼続は、取り敢えず冷静に札を投げつけた。
「それで、何があって上の発言になったんだ?」
「それより、この札が剥がれない…!無理に引っ張ると顔の皮ごと持って行かれそうなのだが」
「それは何よりだ。「正気か!?」そんな事よりも、「いや大事だろ!」ドラマが…何だって?」
結局札を剥がしてもらえない三成は、顔に札をぶら下げたまま、真面目な顔をした。
「ここに来る前に、色々な事があってな…」
「色々?」
「こう、血沸き肉踊る大冒険的な…秘境に眠る前時代文明?みたいな感じで…」
「この一週間で、そんな事起こる訳ないだろう。もう一枚、札増やしても良いのか?」
「俺に承諾取るフリして貼るな。剥がせ」
真顔で大嘘を吐いた三成の顔に、更に札が追加された。
しかし嘘を吐くまでもなく、兼続には分かっているようだ。
「まぁ、大方アレだろう。月曜日に片恋宣言出された事を未だに引き摺っているのだろうが…」
「何故知っている?!」
あの時、その場に居合わせたのは、三成と、長曾我部元親だけだ。
まさかあの時、上杉の優秀な忍びが?!
「いるわけないだろう。上杉家の忍びをそんな下らない事に使えるか」
「ナチュラルに心を読むな、兼続。しかも下らないって何だ」
「実はな、あの日の朝は格別に気持ちが良かったものだから。誰かの運勢でも占ってみようと思い立ち、占った結果をその相手に送信したのだが――間違えて直ぐ近くの受信装置に行ってしまったらしい。と、そういう経緯を知っているので、わざわざ忍びの皆さんは不要と言う事だ。了解したか?」
「貴様のっ仕業!だったのか……っ!」
「はっはっは、私の首なんか絞めたって事態は好転しないぞう?」
兼続の首から手を離した三成は、逆に今まで絞められていたのが自分だったかのように、大きく息を吐いた。
「暫く会わない間に、キャラ変わったな、お前……」
「何を言っている。私は過去も今もこれからも、このキャラだったぞ。変わったのは三成だろう」
「…そうだったか?ていうか、未来を過去形で話すな。何か不安だから」
「さて、落ち着いたようだしそろそろ会話の軌道を戻そうか」
落ち着いた、というよりは、元気を根こそぎ奪われたような表情(札付き)の三成は、ようやく姿勢を正して座った。
「そこで、俺は。いつまでも片恋な状況から脱するべく、ドラマのような恋をしたいのだよ」
「無理だな」
「即答か!」
「では言い直そう。…不可能だ…」
「深刻そうに言うな!」
もう一度首を絞めに行きそうな表情(札付き)を浮かべる三成。不穏な形に曲がった指を、ぐっと握り締める。兼続は真剣な面持ちで、三成を見ていた。
「ドラマのような、とまでは行かずとも、三成にだって出来そうな展開もあるかもしれない」
「兼続…!」
「具体的に、どういった展開を希望するのだ?」
「そうだな――
こう、まず俺が、遅刻しそうになって食パンを銜えながら街を走るのだよ。すると曲がり角か ら人がやって来る。当然、ぶつかるだろう。『気をつけろ!』と叫ぶ俺。相手も当然言い返してくる。こうしてまずはお互いに良い印象を持たない所から始まり……って、笑うな兼続!」
「…っ!す、すまない…だがっ…!…!」
腹が痛い…!と、畳をバシバシ叩きながら兼続はうずくまる。流石に憮然とした表情(札付き)の三成は、腕を組んでそんな兼続を見下ろす。
そして半刻ほど経過。
笑いすぎだ兼続!と遂に怒鳴る三成に、ようやく笑いの発作から復活できた兼続は、目じりに涙を溜めて、緩みきった頬を撫でながら向き直った。
「いや、ホント済まなかった。で、続きは?」
「……次笑ったら、ビームだからな。
まぁ、そうして良い印象を抱かない相手とだな、その後縁会ってまた出会うのだ。初めのうちは顔を合わせる度に口喧嘩の絶えない仲なのだが、次第に互いが気になっていくようになる…。そして、ある日二人きりになったところではっきりと意識する…って、兼続ァ!」
笑いを堪えているのがバレバレな(両手で口を覆い、肩を震わせている)兼続に、三成は宣言通りにチャージ攻撃2を放った。至近距離で放たれたビームを、兼続が札でガードする。
「それで、どうなのだ!この展開はっ」
「いや、普通に無理だろう」
「普通にとか言うな!」
「それと、具体的過ぎて逆に怖い」
「お前がそう言えって言ったんだろうが!」
ぜえはあ、と息切れしつつある三成に、「落ち着け」とばかりに兼続はお茶を勧める。それを一息に飲み干して、三成はぐったりと座り込んだ。
「俺とて…こんな展開通りに行くなどとは…考えておらぬ」
「その割には生々しいまでに細部まで表現されていたようだが」
手ずから茶を注いで、兼続はゆっくりと啜る。先ほどまでの騒々しさから一転、唐突に訪れた静寂に、三成もつい反論のために開いた口を閉じた。
「そこまで語ってもらったのだ…私も、具体的にどの辺りが不可能なのか説明しよう」
「しなくても良いから代案を示せ」
「不正解の解答を訂正する事で見えてくる答えもあるだろう、まあ聞け。
まずは冒頭のシーンだな。これがあり得ない」
「頭から全否定だな」
言い切る兼続に、三成も半眼になる。
「大体、朝からパンを銜えて走る場所など、三成にはないだろう」
「それはそうだが…やってみたいではないか、一度くらい」
「そして我らの時代に合わせるなら、せめて握り飯だろう。何故パンに拘るのだ?」
「時代に合わせるとか、そういう不穏な発言は控えろ。それに、遅刻した朝はパンだ。これはお約束なのだよ」
「そういうものか」
「そうだとも」
深く頷く三成に、納得しかねる様子の兼続だが、首を曲げただけで特に何も言わなかった。それよりは、次の問題点を指摘した方が建設的だと判断したのだろう。
「それで、曲がり角でぶつかる相手とは、誰を想定しているのだ?」
「それは…ゆっ幸村…」
「その人選が既に間違いだ」
「そこを否定したら終わりだろうが!」
既に一度出会ってしまっている相手だから、理想的な出会いは確かに果たせないかもしれないが。
「別に私は、一度出会っている相手だから無理だと言っているのではない」
「だから心を読むな」
「あの幸村だぞ?考えてみろ、口癖が『申し訳ありません』みたいな男が、曲がり角でぶつかって、怒鳴ってきた相手に言い返すと思うか?」
「…ぐっ…!確かに…そこまで計算していなかった…!」
戦場以外の平時では、角の立たない温和な性格をしている幸村のことだ、こっちが何か言う前に謝罪の一つでもして、その場を治めてしまうに違いない。
そんな相手にどう、良くない印象を持てと言うのか。三成は何も言い返せないで、黙り込む。
兼続が、助け舟を出すかのように、ある提案をした。
「この展開は、幸村よりは誾千代殿のような、気の強い人物に適応してみたらどうだろうか」
「――というか、既に九州で似た展開を味わったな」
「何だ、そうなのか」
助け舟は座礁した。
「それでも俺は、幸村を相手にどれだけ出来るかやってみたいのだ…!」
「所詮叶わない恋なのだからな、想像くらいは自由にしても罰は当たるまい」
「所詮とか叶わないとか!そういう事言うな!想像だけで終わらせないからな、俺は…!」
「はは、目標は高い方が良いらしいな!」
「笑うな!」
今日のこの数時間で、笑われる事に過敏になってしまった三成は、兼続の爽やかな笑顔にさえも声を荒げた。
「それから、顔を合わせる度に口喧嘩だったな。これも幸村と出来ると思うか?」
「――たとえ望みは薄くとも、1%でも可能性がある限り俺はそれに賭けるぞ」
格好よく言った三成だが、兼続はそれをあっさりと踏み潰す。
「1%の確率と、99%の確率では、実際に起こるのは99%の方だろう」
「主人公特権はどうした!」
「…現実はそう甘くない、とかそんな言葉で片付くからな、そんなもの」
そう言った兼続は、流石に凹んだらしい三成を見て言葉が過ぎたか、と思った。
機嫌を直させるための言葉を考える。
「では仮に、1%の方が起きたとしよう」
「うむ」
「白熱する言葉の応酬…お前と幸村では考え付かないが、こういう展開ならあり得るな」
「どんなだ?」
気を持ち直したらしい三成。兼続はわざと間を溜めて、一気に言い切る。
「お前の言葉の方がきっと語彙が豊富でしかも畳み掛けるように喋る事は得意だろう、対して幸村は元より口が上手くない。その結果起こり得る確率が最も高い展開は、お前の波濤の言葉攻めに遭って反論も出来ずにしどろもどろになりながらも何か言いかけ、しかしそれすら封殺されて一層惨めな思いをしながらひたすら耐える内に遂に涙目になって謝るしか出来なくなってしまった幸村、とかそんな感じでどうだ?」
「どうだ?って言われてもだな、それでは俺が一方的過ぎて悪者のようではないか」
「だがそれも良いな、とか思った自分がいただろう」
「…な、涙目の辺りが特に……」
うっかり想像してしまい、三成は胸が締め付けられるような切ない痛みを感じる。が、兼続は爽やかな笑顔でそれを一蹴した。
「ま、そんな事を本気で実行したら、私は躊躇いもなくお前の食事に一服盛るがな。苦しみ抜いた挙句に惨たらしく死ねる素敵な奴を…」
「お前が最初に想像したのだろうが。何を俺一人の所為みたく言っている」
「さて、いよいよ最後の二人きりになる、という場面だが…」
兼続は人の話を聞かずに、三成の想像・佳境に入る。
「どのような場所で二人きりになるのが望ましいのだ?」
「で、出来れば他に誰もいない静かな所で…」
「その返答がまた、気持ち悪いくらいに生々しいな、三成」
「爽やかに言っても、それは暴言だぞ兼続!」
面と向かって気持ち悪いと言われる経験は、中々得られないものだが、経験したところで人に自慢できるものではない。
「私は生々しい方を強調するために気持ち悪いと表現したのであって、別に三成が気持ち悪いわけでは…」
「何度も言うが、心を読むな!そして気持ち悪いと連呼するな!」
「心を読んでいるのではない。三成から発せられる電波を受信しているだけだ」
「俺は電波など出してない!」
「出している者ほど、皆そう言うのだ。別に隠さなくても良いのだぞ?」
慈父の如き優しい笑みで、兼続が言う。流石に三成はその笑顔に騙される事なくきっぱりとかぶりを振った。
「出してないものを出してないと言うのに、何を隠す必要があるのだ」
「確かに隠す必要はないな。それで、話を戻すが。他に誰もいない場所で、二人きりになれたとしよう。その後どうするつもりだ?」
「決まっているだろう」
「何だ?」
「おsh」
続きを言いかけた三成の顔に、更に札が追加された。(今までのはまだ剥がれていない)
「…何を言うのかと思いきや、まったく、そんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「…育ててもらった覚えもないがな」
喋る度にぴらぴら舞う札に、うっとおしそうな表情を隠しもしない三成だが、その顔は殆ど札に隠れている。
「大体、最後まで話を聞かないで言論弾圧とは、お前の憎む不義ではないのか?」
「不適切な表現が誰かの耳目に触れるのを防ぐのは、不義ではあるまい?」
「誰か…って、ここには俺とお前しかいないだろう」
「壁に耳あり、と先人は偉大な言葉を残した。城内の誰かを疑うわけではないが、な」
「それならば今までの会話全てがアウトなのでは…?」
「それでも、決定的な言葉を言ってさえいなければ、大丈夫だ!」
「そういうものか」
「そうだとも」
深く頷く兼続に、納得しかねる様子の三成だったが、首を曲げただけで特に何も言わなかった。
どこかで見た光景だな、とは思ったが。
「と言うわけで、まず最初の出会いから絶望的であり、一つ一つ障壁を乗り越えても、辿り着く結果が必ずしも希望通りになるわけではない、とこう結論付いたわけだが。何か言う事は?」
「それならば、俺はどういう展開で片恋から脱出できるのだ」
「だからだな、まずはその片恋から脱出というところから考え直したらどうだ」
「俺の気持ちを全否定か!」
勢い良く首を動かした三成の顔に貼られた札が、びらびらと音を立てている。
「何を言う。三成の気持ちは今日、大変良く分かった。否定も確かにしたが」
「良く分かった上での否定か」
「だが、肝腎な事を忘れていないか?」
「…?何を」
兼続の目がきらりと光る。
「想いが一方通行のままで、成就などあり得ない。幸村自身がどう思うか、これが大事なのではないか?」
「幸村の…気持ち…」
確かに、今までは自分がどう思うか、これだけに気を取られ、実際にその思いの丈をぶつける相手の事まで気が回らなかった。
幸村は、俺の事をどう思っているのだろうか…
「良くて友達止まりだな」
「嫌な予想するな!」
「だから何度も言っているだろう、片恋からの脱出は考え直せと」
三成はさっきから気になっていた。兼続の頑ななまでの態度は、何かがおかしい。
「――そこまで俺を阻むのだ、何か強固な証拠でもあるのだろう?」
「どうした藪からスティックに」
「普通に藪から棒と言え!
だから、お前が俺と幸村の仲が進展しないように何か手を回しているようにしか思えんのだ。どうして邪魔をする?」
「邪魔だなんて…」
兼続は、いかにも心外だ、と言わんばかりの顔をした。
「私は三成の友だ。これだけは確かだ。同時に、幸村の友でもある…
どちらがより大事だ、という訳ではない。二人とも、私には得難い、掛け替えのない存在だ」
「………それで?」
「三成が、幸村のことを友以上の存在だと思うのならば、それは止めはしない。思想の自由はあって然るべきだ」
「ならば、応援してくれてもいいだろう」
三成の言葉に、兼続はゆっくりと首を振る。
「幸村もそれを望むのならば、私は愛染明王の名の下に、二人を結び付ける役目を喜んで引き受けてやろうと思う」
「では何故、その役目をしない?」
「答えは簡単だ。幸村がそれを望まないからだ」
本当に簡単な言葉で構成されていたのに、三成がそれを理解するのに、時間が必要だった。
兼続も、三成にその言葉が浸透して行くのを見守るように、じっと黙っていた。
雨水が長い時間をかけて地中に滲み込んだ地下水のように、冷たく透明な声で三成が言った。
「…何故、そう言い切れる」
「幸村から直接聞いたからな」
「何を?!」
「まぁ、色々とだ」
「具体的に、何を聞いた」
「それをお前に言う必要があるのか?」
特に意地悪を言う口調ではなく、単なる疑問の声を兼続は出す。それでも、睨みつけるような三成の視線の、言わんとしている事を察したのか、いくらか言葉を和らげた。
「私にとって、幸村は弟のような存在だ。それでいて家族ほど近くもないので色々と打ち明けるには丁度良い距離にいるのだろう…そういう信頼を裏切れないのだよ」
「随分と過保護な事だ」
「これぐらい、甘やかしたところで罰は当たらないだろう」
信頼を裏切れなどとは流石に言えない。三成は顔の札が激しく舞うのも構わず、鼻から息を抜く。
「しかし、弁明させてもらうが、私もそれなりに腐心したのだ」
「どう」
「さり気なく三成を売り込んでみたりとか、どう思っているのか聞いてみたりとか」
「流石は俺の友だな、兼続!それで、首尾はどうだったのだ?」
「だから、腐心した結果は知っているだろう既に。今までの会話で」
「売り込みが足りないのだよ!もっと俺の良い所を幸村に伝えろ!」
「それは、自分でやってみたらどうだ?」
「え?」
思わぬ切り返しに、三成は言葉が詰まる。兼続は逆に、良いこと思い付いたといわんばかりの表情だ。
「百聞は一見にしかず、と言うだろう。私が三成の良い所を伝えるより、三成自身が良い所を見せてやった方が、効果も高いと思うのだが」
「そうか…しかし、どう見せるか」
「駄目で元々だ。何でも試してみたら良いだろう」
「しかも失敗大前提だな、お前の話だと」
「友としてお前を見直すことはあっても、普通はそれ以上の感情に発展するなんて都合良過ぎるだろう。夢を見るのも大概にしておけ」
これが理想家・直江兼続の言葉か?三成はうっかりまじまじと兼続の顔を見直す。
「どうした?」
「いや…らしくもない発言だと思ったのだが」
「現実あっての夢だ。それが分からなければただの愚か者だ…何の勝算もなく敵陣に突っ込む事を、勇気とは言わない」
そういやコイツ軍師なんだよな、と今更な事を三成は思い出す。上杉軍の戦略を練る頭脳を、今は無駄に費やしているようだが。
「勝算…か。貴様にあるのか?」
「幸村が全てだと思うから先がない」
「答があるならば聞こう」
「万が九千九百九十九、振られた時のために保険をかけておけ」
「ま、ん、が、い、ち!だろうがっ!逐一俺の神経逆撫でしないと気が済まないのか貴様?」
「私は、嘘が吐けなのだよ…そこが私の悪い所なのだろうな」
どうやら兼続は本気でそう言っているようだ。三成は突っ込む気力も失せた。
「それで、保険というのは?」
「人肌が恋しくなった時は、いつでもこちらにいらして下さい。と、この前城下を歩いていたらこんなチラシを貰った。そこなんかどうだ?」
「かーねーつーぐァァア!」
懐に忍ばせていたらしい、派手な色に刷られた紙を差し出され、三成は遂にプッツンした。
乱暴にその手を払い除けて、胸倉を掴む。
「お前は俺の敵なのか?!そうか敵か!ならばもう容赦せんぞ!」
「ははは、冗談だよ三成。あと身長差の所為で悲しい構図になっているからそろそろ手を離すべきだと思うぞ?」
胸倉を掴んで持ち上げる、という図にならず、三成が兼続の胸に縋り付いているようにしか見えない。離した手を、床に付けて三成は心の底から嘆く。
「あと3寸のこの差が憎い…!」
「そんなんで、どう幸村をリードしようと考えていたのだ?幸村は私よりも背が高いんだぞ?」
「愛さえあれば…なんとかなるだろう」
「良い言葉だ…が、何か悲しいな」
「五月蝿い」
力なく床を辿る三成の視線が、先ほど兼続の手から払ったチラシにぶつかる。どうやらいかがわしい商業目的以外の、別な広告も載せていたようだ。兼続もそれに思い至ったらしく、軽く声を上げる。
「そうだ、そのチラシには今度、城下で行われる豊作祈願の祭りの案内が載っていたんだったな」
「祭り、か…」
「中々規模が大きくて、各地から人が集まるほどだぞ。三成も、暫くここにいるなら見物に行くといい」
「一人は嫌だ」
「では私もついて行こう」
「…それはデートの誘いか、兼続」
「いや、単なる付き添いだが。後は城下の視察も兼ねているかな」
段々と思考回路に疲弊が見えてきた三成は、「お前にもう少し色気があれば…!」と意味不明の歯噛みをし、「色気?」とあんまり良く分かっていなさそうな兼続の首を傾げさせた。
「何だ付き添いが一人では足りないのか」
「兼続、お前本当はちゃんと分かった上でそういう無邪気な発言してんだろう」
「邪推だな、三成」
「まあ…お前と二人というのも、……いややっぱり悪くないと思えない」
無理に『兼続と二人で祭り見物』を想像しても、現地集合、現地解散な予感が満載だ。専属ガイドを連れて歩くような雰囲気は、やはりどこかお一人様、の色が拭えない。
「誰がお前と私の二人と言った、三成。お前について行くのが私一人、という意味ではない」
「ならば誰が」
「あれ、幸村だと言わなかったか」
「先に言え!だったら兼続はついて来るな。普通に邪魔だ」
「しかし一人は嫌だと言っていただろう」
「幸村一人がついてくるのは歓迎だ」
「…別の意味でお前が心配になったので、やはり私もついて行こう」
兼続はもう一枚、札を取り出して三成の顔に貼り付けた。
「保護者同伴デートなんて興ざめだ…ていうか今、何で貼った」
三成の顔は、殆ど札で覆われて見えなくなっていた。
食事中も剥がれない札を顔からぶら下げたままの三成に、給仕の者たちが気味悪がって流石に居心地が悪かったが、風呂に入ったら自然と剥がれた。
「耐水性を確保するのが今後の課題だな」
「人体に直接貼るものではないだろう、それ!」
土曜日の夜はまだ終わらない。