件名:読む前は周囲に注意!
本文:ダンナ、これを読む時は周りに人がいないかよ~~く確認してからにしてね!
いきなり大声出して、一緒に住んでる人に怒られたりしないように。(こないだそれで怒られたんでしょ?)
で、本題。
大将、明日帰ってくるって。俺は空港まで迎え行くけど、ダンナは学校あるなら無理しないでね?あるのに行ったら大将に怒られちゃうからね。じゃ、また何かあったら連絡するよ
佐助からのメールに、幸村は「ぅおお…おっ…!」と上げかけた声を何とか押しとどめる。
隣にいた伊達が、いきなり妙な唸り声を出した幸村に、変な生き物でも見たような顔を向けたがすぐに前へ顔を戻した。
何故なら今は授業中だからだ。しかし、最近の学生は態度が悪いのか、講師の授業の進め方の所為なのか、講義室内は割とざわついている。幸村の奇声も、そのざわめきの一つに消えた。
残りの授業中、幸村は板書をノートに写す作業に身が入らず、絶えずそわそわとして落ち着きを無くしていた。
もどかしい程長い、とても長く感じた授業が終わり、幸村はノートも片付けずに講義室から飛び出していく。
廊下の突き当たりの人気のないベンチまで来て、もう一度佐助からのメールを見て、窓を開け、叫ぶ。
「ぅお館様あああぁっ!!遂に、遂に戻られたのですな!!」
叫び声で目の前を飛ぶ鳥がよろけて落ちた。
気にせず幸村は携帯電話で佐助を呼び出す。
『もしもーし。ダンナ、今授業は?』
「その事なら心配は無用だ!佐助、あのメールは真か?!!」
『嘘ついてどうすんの。「やはりそうか!」…さっき大将から電話あってね。今から向こうの空港で飛行機乗るって。「おお!」……だから着くのは明日だよ』
「明日か!それで…その、佐助が迎えに行くのか?」
『そ。ダンナはちゃんと学校で勉強するんだよ?』
「わ、分かっている!だが…お館様は空港に着いたら、すぐに家へ戻ってしまわれるのだろうか…?」
『あ~大将だってダンナが頑張ってるか知りたいみたいだし、帰りに寄るって言ってたよ?』
「おお!…で、佐助も来るのか?」
『何か、俺お邪魔みたいじゃん。そりゃあ、大将が行くなら付いてくよ』
「そうか!待っているぞ!!」
『はいはい。じゃあまたね?』
こちらの返事も待たずに佐助に通話を切られ、幸村は何も言わなくなった電話に向かって「また?」と聞き返した。その答えは出ないが、授業が終わった直後のまま出てきた事を思い出し、また走って講義室へ戻る。
その授業が今日最後の授業で、講義室に戻ってみると殆ど誰もいなかった。
伊達も、そして毛利も先に帰ったらしく、一人残された幸村は鞄の中に教科書やノートを詰め込むように仕舞う。普段は背中に食い込む重さを主張する鞄だが、今の幸村には羽毛よりも軽く感じた。
階段も3段くらい飛ばして駆け下り、広い構内を走っていく。途中で伊達と毛利を追い抜いた。声が掛かるがその事にも気付かないで幸村は走る。
商店街を自転車で走る高校生も追い越し、気が付いたらアパートに着いていた。居住階までの階段も3段とばしで駆け上がり、鍵の掛かっているドアを開けようとして――
「…む?」
いつも鞄の小さなポケットの中に入れてある鍵を取ろうと、背中に手を回し、上着の布に触る感触。幸村はそこで初めて振り向いて、鞄を背負わずに帰って来たことに気付いた。
道理で鞄が軽かったはずだ。そう言えば、伊達と毛利を追い抜いた時、伊達の声で「鞄」とか何とか聞こえた気がする。
幸村は大学に戻るために踵を返した。
そして走る。
今度は商店街で伊達、毛利とすれ違い、大学の広い構内を駆け抜け、階段を3段とばしで駆け上り、講義室のドアを勢いよく開けて、机の上の鞄を掴む。ちゃんと背中に食い込む重さを確認して、また走る。
学校とアパートを一往復半して、幸村はようやく自分の部屋に入ることが出来た。まだ伊達は帰って来ていない。(また途中で追い越した)
明日が早く来ないかと、部屋の中をぐるぐる歩き回り、時計を何度ものぞき込む。
ああ、待ち遠しい。
ベランダに出て、海がある方角に首を伸ばしていると、「何、してンだ」と声を掛けられた。
「伊達殿、お帰りでござる」
まだベランダから身を乗り出した格好のまま、幸村は首を曲げて伊達を視界に入れる。
帰って来たままの格好で、伊達が酷く呆れた顔をして幸村を見ている。幸村も鞄を背負ったままだ。
「What are you lookin’ for?落ちるぜ」
「む…大丈夫でござるよ」
そう言いつつ、幸村はベランダの手すりから離れる。そう言われれば、実家の二階から落ちたことがあった。確かその時も今と似たシチュエーションだったと記憶している。
昔は背を強かにぶつけて暫く立ち上がれなかっただけで済んだが、今度はそれだけでは済まない。ベランダから部屋の中に戻り、幸村は鞄を下ろす。床に座り込んで胡座をかいた。
「お前、4時限ン時からヘンだったけどよ。何かあったのか?」
基本的に放っておくタイプ(と幸村は思っている)の伊達が、珍しくというのか幸村の心配をしている。
「実は…明日、某の尊敬するお方が日本に帰ってくるのだ」
「それだけでヘンになれンのか?Happyな野郎だな」
伊達の軽口に反応することも出来ないほど、幸村は思い詰めた声を出した。
「伊達殿…」
「何だよ」
「空港まで、どう行けば良いのでござろうか」
「普通に電車使って行けるだろ」
何言ってンだ。と見下ろす伊達の呆れ顔にはそう書いてある。上目遣いでその顔を見上げ、幸村は「明日、某は空港に行こうと思うのでござる」とだけ言った。
佐助からは止められたが、どうしても自分も迎えに行きたい。
「Ha!なら勝手に行きゃあ良いじゃねェか」
「しかし、明日の学校は…」
「バカか、テメェ。明日はSaturday だぜ?」
ガッコなんかねェよ。そう言い放つ伊達が、幸村には眩しく見えた。
「伊達殿…!某には後光が見えるでござるよ…!」
「新しく電灯替えたからじゃねェの?」
「そうでござったか…?」
替えた覚えがない。と、ごく普通に返した幸村は、また伊達に呆れられてしまった。
その日の夜。幸村は佐助に電話をする。
「佐助!某も明日、お館様を迎えに空港まで行くぞ!」
『ダンナ、学校はどうすんのさ?』
「明日は土曜故、休みでござる」
『あーそうなの…(思い出しちゃったのかぁ…)』
「どうかしたのか?」
『別に、何でもないよ。でさ、ダンナ明日いつ大将が帰ってくるか知らないでしょ?』
「うむ!お館様はいつお帰りになるのだ?」
『明日の午前便だって。遅くても昼には戻るみたいよ』
「そうか、では明日朝一番に空港で待っておれば良いのだな?」
『まぁ…そういう事なのかもしんないけど…』
「承知した!では佐助、明日空港で会おうぞ!」
『はいはい。じゃあね、ダンナ。今日は早く寝なよ?』
「ああ!佐助もな!」
風呂では幸村は念入りに体を洗い、シャンプーを二度出してしまったので二回髪を洗った。そのせいで風呂の時間がいつもより長くなり、次に入るために待っていた伊達に「てめえはdate前のオンナか」と怒られた。
翌朝、午前4時。
目覚ましよりも早く起きて、幸村は昨日の夜に伊達に予め作っておいて貰ったお握りを食べる。承諾した時も作る間も終わった後も、伊達はかなり呆れ返った様子だったが、キチンと大きさの揃った正三角形のお握りの中身は、どれも違っているという手の込み具合だ。
まだ寝ているであろう伊達に、幸村は感謝しつつ完食した。(実は伊達は自分の分も作っておいてあったらしく、後に本気で怒られた)
身支度も済ませ、早朝の町を駅に向かって幸村は走る。
駅で行き先を確認して切符を買い、殆ど無人のプラットフォームで電車を待つ。ただじっとしているのは体の奥がムズムズして気持ちが悪いので、屈伸運動をしたり柔軟体操をしながら待つ。
両手足首をグルグル回していると電車が来た。空席が目立つが、幸村は座らずにドア付近に立つ。やがてドアが閉まり、窓の外の風景が後方へ流れ出した。
がたん、がたん、と揺れる心地よい振動を感じながら、『お館様』と最後に交わした会話を思い出す。
『幸村よ、儂のおらぬ間も休むことなく精進せよ!』
『分かっておりまするお館様ぁ!』
『その意気やよし!』
『ぅお館様ぁああ!』
『ぃ幸村ぁああ!』
そのまま空港ロビーで殴り合いになり、佐助(と警備員)に全力で引き剥がされて尚、名を呼び合ったものだ。『お館様』は幸村の拳を受けて口の中を切ったのか、口の端から血を垂らしながらも平然とした顔で搭乗口に消えた。幸村はその姿を(『お館様』の右ストレートで鼻血を流しながら)しかとその目に焼き付けて見送ったのを覚えている。
それが幸村が高校1年の冬だった頃だから、あれからおよそ3年経ったのだ。
待っていて下され、お館様…!
気持ちだけは既に空港に着いている幸村の本体を乗せた電車は、鈍行なのでゆっくりと空港へ向かっている。
空港には既に搭乗を待つ客や、客室乗務員やパイロットが忙しなく動いている。
幸村は取り敢えず広い空港の中でポツンと取り残された気分を味わっていた。
佐助にメールを打てば、あと30分したら着くと返され、待ち人が増えた。
伊達にお握りを作って貰っていなかったら、今頃はさらに空腹を抱えて困っていただろう。
ベンチに腰掛け、目の前を行き来する人の流れを眺める。どれくらいぼんやりしていたのか、半分寝ていた幸村の尻ポケットが激しく振動して一気に目が覚めた。
携帯を見て、佐助からの電話に安堵しながら出る。
「佐助!」
『ダンナ、今どこにいんの?』
「うむ、今はベンチに座っているでござるよ」
『えーと、ドコのベンチなのか言ってくれたら嬉しいんだけどなぁ?』
「どこのと言われてもだな…」
幸村は見回して、それらしい目印を探す。
「む、喫茶店が見えるな」
『スタバ?』
「…かどうかは分からぬ」
『……他には何かない?案内板とかさ』
「おお、そう言えばBゲート前と書いてあるな!」
『B…ね。了解、すぐ行くから待ってて』
電話が切れて、幸村は立ち上がったままの状態で佐助を待つ。辺りを見回していると、こちらに向かってくる一人の影が見えた。
「佐助!こっちだ!」
大きく腕を振り回すと、遠目にもその影が苦笑するのが分かった。
「ダンナ、そんな大声出さなくたって分かるよ」
近寄ってきた幸村に、そう言って懐かしそうに笑う。
「声なら何度も聞いてるけど、顔合わせんのは久し振りだね。ダンナは相変わらずそうで何より」
「うむ!佐助も変わらぬな」
「まぁね、ダンナがいないから家事楽できるし、今まで以上に健康だよ?今の俺」
「某も、佐助の小言が無い分、寝付きがよくなったぞ」
幸村も懐かしさに顔が緩むのが分かる。佐助は腕に目を落として時間を確認した。
「大将は午前10時着予定の飛行機で来るはずなんだけど。それまで結構余裕あるね」
どっか入らない?佐助の言葉に幸村は頷く。
「そこに喫茶店があったはずだ。そこでよかろう」
喫茶店でコーヒーだけを頼む佐助に対し、幸村はパフェを注文する。
朝からそんな、と眉根を寄せる佐助に構わず、幸村は改めて「久し振りだな」と切り出した。
佐助が真面目な顔で返す。
「朝から生クリーム食う人見るのは、確かに久し振りだね…」
「何だ、旨いものはいつ食っても旨いに違いないだろう」
幸村の持論はそうなのだが、佐助には受け入れてもらえないようだ。
「俺の胃袋はデリケートなの。TPOわきまえない誰かのとは違ってね」
「そ、某とてそれぐらいわきまえているつもりだ!…パフェなど、佐助の前でしか食わぬ」
本当は好きなのだが、伊達や毛利と一緒の時だとバカにされるのが目に見えているので頼めない。「何照れちゃってんの?」と佐助は呆れた風を装うが、幸村の言葉が嬉しいらしい。口元が緩んでいる。
幸村がパフェ(特大)を完食する頃、佐助は時計を見た。
「そろそろ、大将の乗った飛行機が着く頃だね」
「…某、何やら緊張してきたでござるよ」
「何言ってんのさ?ホラ行くよ」
「む、むう…」
いよいよ、お館様との再会の時が近付いてきた。
何か長くなったから、ここまで
佐助さん、遂に生身で登場です。幸村さんは甘党だと思います。