今年の夏はビーチでモテ男デビュー!
下らぬ雑誌のふざけた見出しの広告を見た所為ではないだろう(もしもそうならば、社会的にも抹殺する所だ)。
我が同居人、長曾我部元親が朝餉の席で頭の緩んだ発言をした。
「元就、海行こうぜ海!」
「……元親。寝言は寝てから、遺言は死ぬ前に言うものだ」
「え、お前、今…遺言って言わなかったか…?」
「ほう…?頭と違いその耳の機能は正常に果たしていると見えるな」
「やっぱ聞き間違いじゃねーのか!?何で海に誘うだけで死ぬんだよ俺ッ?!」
朝から五月蝿い男だ。只でさえ我の血圧は低く、こうして朝食を摂るだけでも労だというのに。朝は何においてもまず昇る日輪を浴び、わざと濃い目に作った味噌汁で、無理に目を覚ますのが日課だ。しかし、それが分からぬ我が目の前の愚か者は、味噌汁が濃いといつも文句を垂れる(いずれ仕置きをせねばならぬな)。
我が口を開く労力を惜しみ黙っているのを良い事に、元親は好き勝手な事を言い始める。
「行くにしてもお前と二人ってのもつまんねーし、隣の幸村とあと伊達も誘ってみっか」
ふん、わざわざ己の程度の低さを近隣へ知らしめるとは。それにあの二人は、そのような誘いに乗るような者共ではなかろう。そもそも、貴様には我の他に誘える者がいないのか?案外寂しい奴だ。
我がそのような事を考えているとは知る由もなく、元親は自分の考えが気に入ったようだ。それだけならまだしも、次の台詞は我の血圧を濃い味噌汁無しで上昇させるに十分であった。
「っつーワケでよ、元就。お前今日の学校であいつら誘っとけよ」
「…何故、貴様に命じられねばならぬのだ…?」
お前はいつからそのような偉い立場になれたのだ?元親よ。我は朝食を食べ終わってから、元親に己の立つ位置というものを物理的に教えてやった。
「うわ、痛…!ごめんなさい!さっきのはちょっと偉そうですみませんでした!」
全く、朝から余計な体力を使わせる。お陰で普段よりも家を出る時間が遅くなってしまった。
学校の時間の中で、幸村の好きな時間は昼休みと放課後。つまり授業以外の時間だ。
一・二時間目は昼休みを楽しみに乗り切り、三・四時間目は放課後を励みに頑張る。しかも、最近は食費が嵩む事を気にした伊達が、幸村の昼飯を弁当にして持たせている(中身は大概昨日の夕飯の残りだったりするが)ので、幸村にはそれも楽しみの一つとなった。
そしてその日も、幸村、伊達、毛利のいつもの三人は、学生食堂で昼飯を食べていた。
「そういえば、直に夏休みでござるな」
特に食事中は会話らしい会話をしないが、大抵会話の発端となるのは幸村だ。
「某、海に行ったことがないので行ってみたいのでござる」
「…何だと?」
毛利が険しい顔をした。幸村は何が失言だったのか考えるが、いきなり話題を振ったから、以外には考え付かず、隣の伊達に助けを求める。
「伊達殿…は、如何でござるか?」
「あ?面倒臭ェから俺ァpassだ」
本当に面倒そうに伊達は指先をひらひらと振る。幸村は二人の賛同が得られず、少し肩を落とす。そこへ、険しい顔をしたままの毛利が口を挟んできた。
「真田よ。どうしても海へ行きたいのか?」
「行きたいでござる!」
「ならば、良い道連れを紹介してやろう。そやつと行くが良い」
「おお、毛利殿!かたじけないでござるよ!!」
がたん、と音を立てて椅子から立ち上がり、幸村は喜びのあまり大声を出す。隣で聞いていた伊達は、胡散臭そうに毛利を見た。
「オイ真田、お前は道連れ紹介されて嬉しいのかよ?ロクな響きじゃねェぞそれ」
「ふん。行かぬ貴様には関係のない話であろう」
まともに取り合う気のない毛利は、冷たい笑みを口の端で浮かべる。ただ言っただけだろ、と伊達も片頬を歪めた。
瞬間、二人の間の空気が初夏のそれから極寒の真冬の温度まで下がったが、幸村の常夏の声が割って入ったせいで元に戻った。
「そう言えば毛利殿。その道連れとは誰でござろう?」
毛利は勿体つけた態度で重々しく頷いて見せた。
「貴様も知る男ぞ」
我の計算では、真田一人で行くわけが無いので、伊達も道連れに出来るだろう。元親もこれで満足するに相違ない。
ただ計算外だったのは、元親の考える海行きの頭数に、我も入っていたと言う事か。
「我は水着など持っておらぬぞ」
「いーんじゃねえの?海の家とかに売ってんだろ」
どこまでも頭の緩い奴め。我は生まれてこの方、海で泳いだ事などないのだ。
夏休み早朝。ラジオ体操に行く小学生すらまだ布団の中の時間帯。
幸村と伊達は、毛利が指定した待ち合わせ場所(アパートメントの前)に立っていた。
「Come off it!ンで朝っぱらから叩き起こされなきゃいけねェんだよ?」
「相すまぬ。しかし毛利殿が指定した時間が朝の5時だった故…」
「You joke?それがあり得ねえッつてンだろが」
全く行く気がなかった伊達だが、幸村が毎日のように海に行きたい旨を呪文か何かのように繰り返すので、洗脳…ではなく根負けしたのだ。多少は年上らしく分別付けて付き合ってやっても良い。ただ面子はどこまでも気に入らないが。
約束の5時が過ぎて、30分後。いい加減、苛立って来た伊達が舌打ち混じりに言う。
「Hey,guys!誰も来ねェぞ?」
「妙でござるな。…む?」
反対に落ち着いた様子の幸村は(昨日は興奮し過ぎて伊達に怒鳴られた)、遠くから聞こえるエンジン音に耳を澄ませた。「What’s up?」と伊達も音のする方を見る。
微妙に年季の入った形の小型自動車が一台、車体の割に大きなエンジン音で近づいて来た。車は二人の前で停車する。近くで見ると意外にキチンと磨かれていて、持ち主の車に対する愛情が窺えた。その持ち主と思われる運転者が車から降りる。
「いやー悪ぃなあ、遅れちまって。元就まだ来てねえか?」
どうやってこの小さい運転席に、と思わず二人が見比べるほどの偉丈夫だ。角度の上がってきた太陽の光に、灰色がかった銀の髪が反射している。長曾我部だ。
待っていた二人の他に誰もいないことを認め、巨体と強面の割に気さくな口調で、長曾我部は二人に車の中で待っているように言った。
「俺ぁちょっくら元就起こしてくるわ」
朝日のように眩しい笑顔で、長曾我部はアパートメントに消えた(その笑顔は後々思い返してみると、悲壮な決意の表れに見えた)。何となく、幸村と伊達は彼の行方を目で追う。居住階まで上がった彼の巨体は、下からも良く見えた。
彼の部屋に入って数分後。「焼け焦げよ!」「ぅわ熱ッ!」毛利と長曾我部の声がした。
「…何なんだァ、あいつら」
「さて。たまに隣から妙な物音が聞こえるのでござるが、あれもその内の一つでござろう」
「Oh dear!いつか通報されっぜ、それ」
「それは笑えぬ冗談でござるな」
たまに聞こえる隣の家からの不穏な物音にまだ気が付いていないらしい伊達は、幸村の言葉を冗談か何かだと思ったようだ。彼の軽口に幸村は真面目に頷いた。
そして、長曾我部と毛利がアパートメントから出てくる。長曾我部はどこか煤けて見えたが、毛利が平然として何も言わないので、待っていた二人も何があったのか、聞くのを躊躇ってしまった。
全員の荷物を狭いトランクに詰め込み、それ以上に狭く感じる車内に男四人が乗り込む。運転席に長曾我部、助手席に毛利、後部座席に幸村と伊達の二人だ。一人が乗るたびに嫌な音で沈み込む車に、ほぼ全員が、この車は無事に海まで行けないと感じていた。
「…着いたでござる…!」
「あァ…奇跡だな」
「……(ふゥ)」
「な、何だよ文句あんなら口で言えよ!」
「そうか、ならばカキ氷でも奢るが良い」
「……わーったよ…(言わなきゃ良かったぜ)」
海に入る前に、4人は毛利の発案により、長曾我部の奢りでカキ氷を食べる事になった。
長曾我部は財布を覗きながら気弱な声を出す。
「言っとくけど、カキ氷以外はテメエで払えよな?」
「カキ氷とフランクフルト」
「あの、元就さん?」
幸村と伊達は、流石に毛利のようにはなれなかったが、長曾我部が「気にすんなって、好きなモン頼めよ」と男らしく言い放つ。その向こうで既にメロン味のカキ氷を持ち、フランクフルトを咥えた毛利が頷いている。
「あ、では某はイチゴ味を…」
「ブルーハワイ」
幸村は定番の赤いカキ氷を頼み、青いカキ氷に興味津々だった伊達が、どんな味なのか気になったようだ。
長曾我部も何か頼もうとしたが、毛利が伊達に何事か耳打ちし、それに伊達がにやり、と笑う。
二人のただならぬ空気に長曾我部は思わず身構えた。
「な、何だよ?」
「何、貴様に返礼でもと思ってな…そこに座って待っていろ」
そう言われて大人しく待てる長曾我部ではない。伊達が海の家の経営者に何事か注文しているのを聞き取ろうと近付くのを、毛利が無理矢理座らせる。
「お前ら絶対何か企んでるだろ!」
「企む?そのような事、善人たる我らにはとてもとても…」
「嘘だー!お前自分が今どんな顔でそれ言ってっか分かってねーだろぉ!」
「も、毛利殿…一体どこからそんな力が…?」
絶対に何か企んでいそうな含み笑いで、毛利は長曾我部を押さえつける。長曾我部が抵抗しても、思うように動けていないところを見ると、その体格からは想像も付かない力が働いているのだろう。
幸村はどうしたら良いのか――どちらの味方をすれば良いのか分からずに、ただ成り行きを見守るしかない。
そこへ伊達が戻ってきた。手には目にも鮮やかな紫のカキ氷。店のメニューには存在しないカラーバリエーションだ。
「伊達!それ何と何混ぜたんだっ?!」
「イチゴとブルーハワイ」
「やっぱそうかよ!!」
「まァ喰ってみろよ。喰えるモノ同士だから問題ねェだろ」
俺ァ喰った事ねェから知らねーけどよ。
適当な事を言いながら、伊達は長曾我部の前に紫のカキ氷を置いた。
毛利はプラスチックのスプーンを長曾我部の手に握らせる。
赤色何号とか青色何号という着色料が天然には無い色彩を作り出し、イチゴの甘ったるさとブルーハワイの微妙な爽やかさを併せ持った香料が、カキ氷に対する挑戦とも受け取れる。
ここで一口でも食べなければ、海水浴場にドザエモンが一体浮く事になる。長曾我部は毛利の目を見て確信した。
彼は紫のカキ氷に関しては何も語らなかった。
しかし、空の容器と紫に染まった彼の舌が、旨くもなし不味くもなし、と雄弁に物語っていた。
我が故郷の海と違い、太平洋の海は泳げる環境にあるようだ。
夏の碧く透き通った海の水に、日輪の光が降り注ぎ白く反射する様は、確かに美しい。
だが我は、その美しい景色の中に不愉快なものを発見し、海の中へ入る気が失せた。
それは隣の伊達も同様らしい。
「取り敢えず一番突っ込みてェのは、アイツらの格好だよな…?」
「ふん。残念ながら貴様と同意見だ伊達よ。何故事前に止めさせなかった?」
「知るか。気が付いたら手遅れだった。普通に赤い水着だと思ってたンだ…shit!もっと早く気付いてりゃあ…!」
隻眼を苦渋に染め、伊達は頭を抱える。そうやって現実を見ないで済むように上手く立ち回ったつもりだろうが、我とて見たくないものを直視しているのだ。我の気が済むまで道連れにしてやる。
「見ろ、伊達。真田が手を振っておるぞ?振り返してやれ」
「…てめぇ…ッ!」
「笑いながらな」
「死ね…!苦しんで死ね!」
伊達はゆっくりと、抱えていた頭を上げて前を見た。見たくもない現実に一つ目を向ける。
そこには、当に廃れたこの国伝統の下着、赤い褌一丁でこちらに手を振る真田がいた。
「Goddamm!!何でアイツあんなに似合うンだよ…ッ!」
そう。真田には似合い過ぎるのだ。あれでもしも似合わなければ、全員で笑い飛ばし、すぐに新しい水着を買いに行かせられたのだが。…不覚にも、我すら言葉を失くすほど、真田に褌は馴染んでいた(もしや普段から…いや考えなくても良い事は数多ある。これもその内の一つだ)。そのせいで我らは、その代償を今払わされている。
そんな我らの気も知らず、真田は初めての海に興奮しているようで、元親とはしゃぎながら海へ駆け出している。
伊達が、我に仕返しするつもりのようだ。先ほど修羅のような笑顔で手を振っていたのとは同一と考えられぬほど、余裕のある憎たらしい笑い顔でこちらを見る。
「Hey…てめぇの同居人サンも手ェ振ってやがんぜ…?It’s your turn.振り返せよ」
「…愚か者め…」
「ちゃんと笑ってやれよな?」
「…呪われろ。全身黒くなる奇病にでも冒されるが良い…!」
我の右腕が、鉛か何かの物質に置き換わったように、重い。視線の先には元親。真田の赤い褌も中々破壊力がある。だが我が同居人・長曾我部元親の格好も、それと同等に異常であった。
「何故だ…!何故よりによってあの様な色の…!しかもあの形、計算しておらぬぞ!」
「てめぇだって事前に止めてねェじゃねえか」
元親は、紫色の海水パンツを穿いていた。男にしては白い肌に、紫の布は良く映える。映えすぎるので困る。しかも布の量がやや足らぬ気がする。サイズが小さいのでは…いや、考えるな毛利元就。あれはあれで良いのだ、ろ う ?
視界が暗転する中、伊達の声がした。
「おい毛利!てめ何立ち眩み起こしてンだ?!」
海辺の日輪は凶暴なのだな…我は暗くなる意識の隅で当たり前の事を思い出していた。
伊達が意識を失くした毛利を抱えて、最寄の海の家まで避難させに行っている頃。
幸村と長曾我部は海の中にいた。浜辺の二人は何故か手を振るだけで近付いてこなかったが、初めて触れる海に、幸村はそれ以上を詮索する余裕がなかった。
幸村の実家は山の中だったので、夏の水遊びと言えば学校のプールか、川と相場が決まっていた。夏の暑い日には、よく佐助を連れて川へ飛び込みに行ったものだ。佐助は『洗濯物が増える』と文句を言いつつ、結局最後は二人して全身ずぶぬれになって家に帰っていた。
「どーだ幸村!海は凄ぇだろーが?!」
「確かに!…おお、波が凄いでござるな!!」
「はっ!足取られんなよ!」
長曾我部がそう言う傍から、一際大きな波が浜辺に打ち寄せ、幸村は膝から下のバランスを失くして海へ倒れこんだ。間断なく押し寄せる波の中、顔を上げようともがく幸村を、上から長曾我部が抱え上げる。
「何だ、お前泳げねえのか?」
塩辛い水に咳き込んで、幸村はかぶりを振る。
「いや…川と勝手が違うので慣れぬだけでござる」
「よっしゃ、じゃあ俺様が海の泳ぎ方ってのを教えてやるよ!」
「誠か!かたじけないでござるよちょかべ殿!!」
「…俺はちょかべじゃねえ。まあいい、まずは波に負けねえ方法だ!」
「はいでござるよちょかべ殿!!」
「だから俺はちょかべじゃねえって!」
元々、幸村の運動神経は良いし、単に海に慣れていなかっただけで普通に泳げるので、長曾我部からコツ…というか殆ど精神論を聞かされて、実践させられているだけで見る間に上達していった。
「もう、お前に教えるコトぁねえぜ幸村…!」
「はっ!」
「後はお前の心次第だ。海はでっけえからな。心をでっかく開けておけば、海だって応えてくれる」
「精進致す!」
「その意気だぜ!じゃあ、あの岩まで泳いでみるか!競争だ!」
「うおおぉっ!某、負けないでござるよ!」
沖にポツンと浮かぶ岩。長曾我部と幸村はそこを目指して泳ぎ始めた。
そして帰って来なかった。
「…遅ェ…!」
毛利が何とか回復し、何か腹減ったしメシにしよう。と丁度海の家だったので焼きソバと烏龍茶を食べたあと。伊達は普段なら吸わないタバコに火をつけて煙を吐いた。
昼になったというのにあの二人が帰ってこない。
「煙いぞ、伊達」
「Ahn?何か吸いたくなったンだよ」
元々、伊達はタバコを吸う。留学した先では禁煙が当たり前で、その習慣に合わせる内に吸わなくても平気になったが、たまに精神的に不安定になると今でも手が伸びる。今がそんな時かと聞かれれば、No!だが、どこか落ち着かない。
毛利はカキ氷を食べていた。鮮やかなグリーンの着色料と、メロンの匂いが付けられたシロップを掛けている。因みに伊達の前にも青いカキ氷が置いてあるが、彼はまだそれに手を付けていなかった。代わりにもう一本、新しくタバコに火を付ける。
「何してンだあいつら…」
「泳ぎに行っているのだろう。腹が減れば戻ってくる」
「こんな時間まで、あいつらの腹が空いてないとでも言うのか?」
「…斯様に気になるなのら、探しに行け。貴様の傍は煙たいから、いなくなれば清々する」
「…仕方ねェな」
伊達はその場から立ち上がった。
嫌でも目立つ格好をしていたから、すぐに見つかると思っていた。
浜辺を歩きながら、伊達の片目は海の方角を向いている。
ふと人だかりを見つけた。会話が聞こえる位置まで近付く。
「ホントにあの岩まで泳ごうとしてたのか?」
「バカ言えよ。あれは近くに見えるけど、実際は大きな島が沖合いに浮かんでるだけなんだ。行ったら戻ってこれないぞ」
「で、そのバカは行っちまったのか」
「そういうこと。ま、二人いたからバカ共だけど」
な、と言い掛けたそいつの頭を、伊達は後ろから片手で掴んだ。尋常ではない握力で引き寄せられて、そいつはよろける。「何すんだ…っ!」と仲間たちが色めき立つが、堅気ではなさそうな、『場数を踏んだ』ような隻眼が、じろりと睨み据えただけで口を閉ざしてしまった。
「よぉ…兄さんたち、俺ァ、そのバカ共のダチなんだけどよ…」
めし、と頭を掴んだ片手に力を込める。掴まれたそいつが情けない悲鳴を上げた。
「そいつら助けるには、どーしたら良いのか、教えちゃあ、くれねェか…?」
さもなきゃ、こいつの頭のカタチ歪むぜ?
口の端だけをぐい、と持ち上げて笑ってみせると、彼らは震えながら近くのボート屋へ走っていった。
一方、沖合の島と知らずそこを目指して泳いでいるバカ二人…もとい、幸村と長曾我部。
泳げども泳げども全く大きさの変わらないその影に、最初におかしいと気付いたのは長曾我部だった。
「おい、幸村ぁ!」
「何でござるか?!」
「何かよ…おかしかねえか?」
「何がでござろう」
「あれから結構泳いだけどよ、全く近くなってる気ぃしねんだ」
「確かに…」
幸村も海にすっかり慣れ、こうして長曾我部と会話まで出来るようになっていた。
「まずいな…ヤバイせ、幸村。引き返した方がいいかもしんねぇ」
振り向けば、泳いできた浜辺がかなり遠くに見える。海に生まれ海に育った生粋の海男である元親の経験が、今の状況がヤバイと告げている。自分一人ならまだしも、今は幸村がいる。勝負はお預けにして、浜まで引き返した方が良さそうだ。
「あの岩、近くにあるかと思ったんだけどよ、あんなに遠くにあるんじゃ話は別だぜ。お前に遠泳はまだ早え」
「む…致し方なしでござるな」
普通に慣れた人間でも泳がない距離を既に泳いでいるのだが、幸村は素直に長曾我部の意見に頷いた。
二人は進路を引き返す方向に戻し、抜き手を切って泳ぎ始めた。
ボートの上から、伊達は沖を見ていた。
漕いでいるのは先ほどボート屋に走った若者二人だ。泣きそうな顔で必死にオールを動かしている。
日が傾き始め、薄暗くなりつつある。探索は時間との戦いになりそうだ。伊達は隻眼を細めた。明らかに不機嫌そうなその様子に若者二人は怯え、オールを動かす手を早める。
やがて、伊達は波間に浮かぶ小さな何かを見つけた。低い声音で二人に命令する。
「あそこだ…急げ」
言われなくても。と、二人はオールを動かす。小さかった影が、次第に輪郭を表す。
波間に浮かぶ何か、は幸村を抱えて泳ぐ長曾我部だった。ボートが近づいてくるのを見つけ、力を振り絞って片手を大きく海から突き出す。伊達はその手に応えるように軽く上げて見せた。
声が届く程に近づいて、伊達から声を掛けてやる。
「よう、バカ共。海を堪能できたか?」
「…ンなコト言ってる間に…助けろよぉ」
「OK. まずはそっちの動かねェバカからな」
帰りのボートは、カオスだった。
眼帯と褌と海パン…!
ボート漕ぎの若者二人は、その日の記憶を一日も早く抹消することに決めた。
海の家で、毛利が幸村と長曾我部を並べて正座させて説教を垂れていた。
「下らぬ事で我らの手を煩わせおって、貴様らは一体何様のつもりなのだ?そもそも、この付近の地形も知らずにいきなり遠泳に出掛けおって、愚の骨頂と言うよりない。今回は事無きを得たが、下手を打てば明日の朝の新聞で、三面記事を飾っておった所ぞ」
頬杖を付きながら偉そうな口調でそんな事を言っているが、残る手ではカキ氷をシャクシャクと混ぜている。離れたテーブルで見ていた伊達が口を挟んできた。
「ッてか、てめぇは何にもしてなかったじゃねェかよ。俺一人だろ、手ェ煩わしたの」
「ふん。貴様の態度が温いからこそ、我が代わりに厳しく言っておるのだ」
「It’s not your business.俺の代弁なんかしなくていいぜ。もう済んだコトだしな」
「何を申すか。まだ終わってはおらぬぞ。…帰りは誰があの中古車を運転するのだ?」
このメンバーで運転免許を持っているのは、長曾我部と毛利だけだ。
そして遠泳で体力を消耗した長曾我部が運転したら、帰りは確実に事故が起きる。
必然的に、毛利がハンドルを握る事になる。それは全員分かっている。
「我の胸の内に鬱憤が溜まっていては、起こらぬ事故も起きような…」
「That’s all right.アンタの気が済むまでやりな。俺ァ何も言わねェよ」
流石に命が惜しいのか、毛利に対して両手を上げる伊達に、長曾我部と幸村が声を上げる。
「あ、伊達!一瞬ちょっとでもお前のコト良い奴だと思ったのに!」
「伊達殿ぉ!薄情でござるぅッ!」
「Shut up!黙って毛利の説教でも食らっとけ!」
海の家が閉店するまで、毛利の説教は続いた。
帰って来たときは真夜中過ぎだった
毛利さんは、カキ氷を計3杯食べました。ちょかべは、出てきてもこんな扱いです。