家族で行く温泉付き旅館とスキー二泊三日の旅

 

 

 

 

『日頃のご愛顧に感謝を込めて…!総額100万円の豪華福引大会!

期間内のお買い上げレシートで、500円のお買い上げ毎に一回出来ます。どうぞこぞってご参加下さい!!』

 

 

いつも行くスーパーが、夕暮れ時らしく混んでいると思ったら、どうやら全員目当てのものがあるようだ。

幸村は、たまたまスーパーの中で見かけた毛利に、話し掛けようとして、やめた。

買い物袋を下げた毛利は今まで見たことがないくらいに真剣な面持ちで、福引の時にガラガラ回す奴のハンドルに手を掛けていた。何となく傍に寄ってみる。

 

「日輪よ、照覧あれ…!」

 

毛利はそう呟くと、ゆっくりとそれを回す。中で無数の玉が転がる音が響く。

小さくバウンドしながら一つのボールが転がり落ちた。幸村は、毛利の後ろから覗き込む。

出てきた玉の色は白…幸村の目は、店員の後ろに貼られた一覧に向けられた。

 

『金 一等

 銀 二等

 青 三等』

 

……幸村の目は一覧の下へ。

 

『緑 四等

 赤 五等

 黄 六等』

 

………まだ下へ。

 

 

『白 残念賞』

 

 

わなわなと震える毛利の肩に軽く触れ、幸村は慰めの言葉を掛けた。

 

「毛利殿…また次に頑張れば宜しいでござるよ」

「この勝負に次など無い」

 

毛利の声は、思ったより冷静だった。見れば、毛利の前には山積みのポケットティッシュが置いてある。その上にもう一つ、新たなポケットティッシュが追加された。

 

「はい、残念でしたー。またどうぞ」

 

毛利は無言で大量のティッシュを抱え上げた。幾つかこぼれて床に落ちたのを幸村が拾い、毛利に渡してやる。渡しながら、何となく尋ねてみた。

 

「毛利殿は、何が目当てだったのでござるか?」

「……。」

 

毛利の目は、景品が置かれている一角に向けられている。幸村もそこを見る。

四等賞の、ビーズクッションだ。丸い形で、顔を埋めればさぞ気持ちが良いだろう。

 

「あぁ、アレでござるか」

「手に入らなければ、買うまでの事。こんなもの余興にしかならぬ」

 

大量のティッシュを抱えているということは、相当欲しくて余計な買い物までしたのだろう。総額は多分、クッションが買える値段に達しているはずだ。

幸村は、賢明にもその事実は指摘しなかった。毛利も分かっているはずだからだ。

ふと、毛利は幸村の手の中にある買い物袋に目を留めた。

 

「真田、貴様もやってみれば良かろう。ここのレシートがあれば出来る」

「某が?」

 

そうだ。と大真面目に毛利が頷いた。余程、あのクッションが欲しいようだ。

特に欲しい景品があるでもないので、協力することにした幸村は店員に今日買った分のレシートを手渡す。

 

「二回出来ますよ」

 

一定金額毎に一回のようで、幸村は二回のチャンスを得た。

 

(お館様…!見ていてくだされ!!)

 

くじ引きにはあまり興味が無いが、やるとなれば何事も全力だ。

脳裏に浮かぶ信玄の姿に幸村は内心で声を上げ、勢い良くグルンとハンドルを回した。

ぽとり、と落ちた玉は白。幸村は手渡されるティッシュもそこそこに、もう一度信玄を思い浮かべて、ハンドルを回そうとした。が、

 

「よう!幸村、何やってんだよ?」

 

バシッと勢い良く背を叩かれて、幸村は回していた手元が狂い、ハンドルを握る手が空を切る。

振り向くと、長曾我部が立っていた。毛利は、どうやら二人で買い物に来ていたようだ。

 

「ちょかべ殿!ビックリしたでござるよ!」

「そりゃあ悪ぃことしたな。…で、何を――へぇ、福引か」

 

長曾我部は覗き込んで確認する。幸村は首肯した。

 

「毛利殿が狙っているクッションを当てるのでござる!」

「…我が、いつそのようなことを頼んだ?」

「某に福引を勧めたのは、その為なのかと思っておりましたが」

 

全く他意の無い顔で首を傾げる幸村に、毛利は「貴様が要らぬと申すならば、引き取ってやらぬことも無い」と、顔を背けた。

 

「素直じゃねーなぁ、元就。ま、幸村もあんまし気にしねーで回せや」

 

バシバシと背中を叩かれて、幸村はちょっと咳き込みながらもう一度ハンドルを握る。

そして回した。

 

 

 

コロンと転がる音は、スーパーの蛍光灯を反射して、煌びやかに輝く。

店員が鳴らすハンドベルは、耳元で鳴っているのに、どこか遠く響いた。

長曾我部と毛利は、事態の把握に間に合わず、呆然としている幸村に声を掛ける。

 

 

 

「次の休み連休取っておくからな!」

「宿の手配ならば任せよ」

 

そう言って、幸村を置いて帰って行った。

幸村の手には、買い物袋、ティッシュペーパー、そして、宿泊券が入った封筒が一枚。

 

 

 

 

 

 

部屋に戻った幸村を迎えたのは、伊達の何か企んでいそうな顔だった。

 

Hey,真田ァ、good fortune引き当てたンだってな?」

「伊達殿、いつそれを…?」

 

声を聞いて、伊達の機嫌が良いのだと気付く幸村。伊達は、くい、と彼の後ろにあるリビングダイニングを顎で指す。

幸村はそれを目で追って、手にしていた買い物袋を落としかけた。

 

「ちょかべ殿、と毛利殿!」

 

目に付いた順番から、幸村はいつの間に来ていた二人の名を呼んだ。

 

「よう、邪魔してるぜ幸村」

「これから計画を練る所ぞ。貴様も参加せよ」

 

笑顔で手を振ってくる長曾我部と、暢気に茶を啜りながら命じてくる毛利。伊達は幸村から買い物袋を奪い、台所に消えた。幸村は、リビングダイニングにのろのろと足を踏み入れる。

 

「この顔ぶれで行くのは、決定なのでござるな…」

「何だよ、幸村、他に行ける奴いんのか?」

「…無いわけではござらぬが…」

 

幸村の中では、お館様と旅行に行く自分が思い描かれていたようだ。急な旅行の誘いをして、乗ってくれそうな人間は、確かに、同居人とお隣さんくらいしかいないのだろうが。

それでもやっぱり複雑な心境を抱えて、幸村は座卓に就く。

元就が、自分のノートパソコンを持ち込んでいた。無線LANが内蔵されているのか、インターネット環境が整っていない幸村たちの部屋でも、ネット検索が出来るらしい。毛利からコンセントのプラグを差し出されて、幸村はリビングの隅にあるコンセントに差し込んだ。

 

「真田、旅行券を見せてみよ」

 

まだ手にしていた封筒の中身を、毛利に手渡す。それを開けて、毛利は中身を一瞥した。

 

「――ふん、旅行日程も旅館も、殆ど自由が利かぬか。所詮は福引の景品、これで免除になるは、宿泊費とスキー場のリフト券代、レンタル費用のみだな」

「ま、そんなモンだろ?行けるだけいいじゃねーか。足はどうすんだ?」

「大人しく公共交通機関を利用すべきであろう。雪山に慣れぬ者が運転しては危険ぞ」

「…お前今、さらっと運転手特定しやがったな。南国育ちで悪ぃかよ」

 

幸村は、二人の会話の速度が緩んだのを見計らって、声を掛けた。

 

「それで、日程はともかく、場所はどこになるのでござるか?」

 

ちょうど伊達もリビングダイニングに現れた時だった。毛利は口を開く。

 

「越後だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

始発前の、最寄り駅。当然、ホームに通じる出入り口のシャッターも降りていて、人の子一人見当たらない。

まだ日も昇らず、吐く息が白い。

煮え切らない点滅を繰り返す蛍光灯の下、幸村は、伊達と、お隣さん二人組を待っていた。

 

「…夏にもこんな事、あった気がするのでござるが…」

「つうか、何でいちいち朝一に時間指定すンだよ…来ねェクセに…」

 

それでも指定時間通りに来てしまう二人だった。

駅員がシャッターを上げ、営業が始まる頃、ようやく長曾我部と、彼に引き摺られるように無理矢理歩かされている毛利が来た。

 

「済まねーなぁ、遅れちまってよう」

「こんな事になるッて解ってンなら、ハナから始発の時間に来いって指定しろや!」

「…流石に、寒かったでござるよ…」

 

毛利は半分寝ていて、特に何も言わない。

新幹線が通っている駅までの切符を買い、4人はプラットフォームに向かう。

 

 

 

毛利が予約した新幹線の指定時刻は、接続電車から降りて全速力で走って間に合うか、どうか、という過密スケジュールだった。

 

「あ!ドアが、ドアが閉まるでござるぅッ!」

「走れえェっ!真田、doorこじ開けろ!」

「…?!元就、俺がソレ持ってやるからとにかく走れ!」

「黙れ!コレを貴様に託すくらいなら乗れぬ方がマシよ!」

 

そして、何とか間に合った4人は、ぜえはあ、と荒い呼吸をしながら入り口付近の狭いスペースに蹲っていた。

 

「こんな走ったの久しぶりだぜ…」

「ま、間に合わないかと思ったでござるよ…」

Shit…!何でンな無茶schedule組み立ててンだよ…」

「こ、これが、さ、最、善の、さ、く…だった、の だ」

 

顔面蒼白の毛利はそう言って、パタリと音も無く倒れた。幸村は毛利の顔に手を翳して、声を上げる。

 

「毛利殿が、呼吸をしておりませぬ…!」

「うつ伏せになってるからだろ。幸村、俺の鞄から水出せ」

 

慣れた様子の長曾我部は、毛利を抱え上げて体を起こしてやる。幸村が差し出したミネラルウォーターのペットボトルの中身を、薄く開いた口の中に流し込んだ。

 

「――こんな所で溜まってても仕方ねェだろ。指定座席あンだろ?そこ行こうぜ」

 

伊達が、毛利の荷物も持ちながら立ち上がる。長曾我部の荷物を持ち上げた幸村と、毛利を抱えた長曾我部が、その言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

暗く、長いトンネルを抜けたら、そこは雪国・越後だった。

窓の外を塗り替える白に、幸村と長曾我部は感嘆の声を上げる。イヤホンを耳に突っ込んで、雑誌を読んでいた伊達が、二人を煩そうに一瞥した。毛利はアイマスクを装着して静かすぎる寝息を立てている。

 

「雪だな」

「雪でござるな」

「ンなrareなモンかよ」

 

四国の、暖かい土佐の出である長曾我部はともかく、信州の山奥で育った幸村には、雪はさほど物珍しい自然現象ではない。それは雪深い仙台出身の伊達にも同じ事だろう。

それでも、ガラス一枚を隔てた向こう側の世界が白く染まっているのを見て、幸村はどことなく心が浮き立つのを感じる。伊達も口ではそう言ったが、眼帯に覆われていない左目は、雑誌のページを追うのをやめて、窓の外に向けられている。

 

「…雪ごときで騒ぐな」

 

毛利はアイマスクを外すことなく、半分眠りの世界の言語で、小さく呟いた。

幸村と長曾我部は、魅入られたように真っ白な窓の外を見ている。音を吸い込む静寂の世界に入り込んでしまったのか、毛利の不愉快そうな声は耳に入らなかった。

ただ、イヤホン越しにその声を聞いた伊達だけが、軽く目を細めただけだった。

一面の銀世界の中を、新幹線は突き抜けるように走っていく。

 

 

 

 

 

 

目的の駅に降り立った時には、昼までまだ、もう少し時間があるくらいだった。

雪が降り込まないように、改札口から券売機を広く覆うドームの下、長曾我部が大きく伸びをした。その様子は巨大なネコ科の猛獣を思わせる。

 

「あ~あ、やっと着いたぜ…」

「ホテルへ連絡を寄越した。直に迎えが来るはずだ」

 

小さく欠伸を噛み殺す伊達と、長曾我部に倣って背伸びをする幸村に、携帯を仕舞いながら毛利が言う。姿勢を正した幸村は、毛利にではなく、かといって特定の誰かに聞くとも無しに疑問を口にした。

 

「ところで、食事はホテルでも摂れるのでござろうか?」

Ahn?そりゃあ、出来ンだろ…but,why?」

 

そこまで言ってから、伊達は口元を歪めて見せた。

 

I see.お前、腹減ってンだな?」

「む、いや、それはそうでござる…が、某だけではないのでござろう?!」

 

朝は出掛けや移動の所為で慌ただしかったので、朝食は車内販売の軽食だけだった。

普段から食事は三食きっちりと摂る幸村には、それだけではとてもではないが、足りない。

毛利が興味の薄い声で、幸村の主張を一蹴する。

 

「真田よ、もしも不安ならば、そこの売店で食料を調達してこれば良かろう」

 

そう言いながら、財布から紙幣を一枚取り出す。

 

「我は越後名物・松茸弁当でよい。茶は緑茶だ」

「俺ァそうだな、北海の幸弁当。烏龍茶で良いぜ」

 

伊達も紙幣を出した。毛利と一緒に幸村へ押し付ける。幸村は「…承知致した」と、売店へ向かった。伊達はともかく、旅行の計画者である毛利が弁当を所望したと言うことは、ホテルでの食事はあまり当てにしてはいけないのだろう。

売店に入る幸村に続いて、長曾我部もドアをくぐったのが視界に入る。

 

「ちょかべ殿も、何かご入り用でござるか?」

「おう、まぁな…」

 

大きな駅に特有の駅弁コーナー前で、毛利と伊達が言っていた弁当を探す幸村の傍らで、長曾我部も何やら物色しているようだ。何となく分類棚の名前を見ると、地酒と書かれている。

幸村が見ていることに気付いて、長曾我部は選んだ瓶を持ち上げて見せた。

 

「越後は米所って言うだろ?」

「…はぁ。ところで、ちょかべ殿」

「何だ?」

「昼飯の事なのでござるが、ちょかべ殿もここで調達しておいては如何であろうか」

 

我々はそうするつもりでござるよ。と幸村は親切心からそう言った。しかし、長曾我部はあまり乗り気ではない様子で首を傾げる。

 

「けどよ、これからホテル行くんだろ?そこに飯食う場所あるんだしよ、わざわざ買う必要はねぇと思うけどな」

「そうなのでござるが、毛利殿がここの弁当を所望しておられた故、何かあるのではなかろうかと思ったのでござる」

 

おそらくは伊達も同じように考えているはずだ。

幸村の言葉に、長曾我部は深く考えているような、その実何も考えていなさそうな顔で声を出す。

 

「そりゃ、元就が単に食いたかったからじゃねーの?」

「そ、そうでござるか?」

「ま、確信ねぇけど、きっとそんな所だぜ。それに、アイツの言うこと一々真に受けてっと、身が持たねぇぞ」

「むう…しかし、頼まれたからには果たさねば」

「アイツらはそれでいいなら、買っておけよ。俺らは俺らで、好きなモン食えばいいじゃねぇか。それに、お前、それだけじゃ足りねーだろ?」

「…確かに、ちょかべ殿の言う通りでござるな」

 

意外と割り切った思考で述べる長曾我部に従い、幸村は自分用に選んだ弁当を元に戻す。

そしてその代わりに、部屋で食べるための菓子を幾つかカゴの中に放り込む。

長曾我部も地酒の他に、酒のつまみになりそうなモノを数点手にしていた。

買い物袋を提げた幸村と長曾我部が、ドームの外と中の境界付近で待っていた伊達と毛利の所まで戻ってきた時、折りよく一台のワゴン車が来た。運転手が降りて、手にした旗を広げ、改札の方へ向く。旗には『歓迎・真田様ご一行』と書かれている。(毛利が予約名を幸村の名前にしたようだ)それを目敏く見つけて、伊達が口の端を持ち上げた。

 

Good timingじゃねェか。迎えが来たみたいだぜ?」

「その様でござるな」

「あぁ、また移動かよ…」

「文句を垂れるでない、さっさと乗り込め」

 

四人は運転手にそれぞれ挨拶し、荷物を抱えてワゴンに乗る。

ワゴンは、除雪された道路の上を静かに走り出し、駅を後にした。

 

 

 

 

 

 

出発、到着、また出発。

続きます。…旅行記とかではないので地名その他はかなり適当です(創作ですから)